ウクライナとロシアの停戦交渉はなぜ進展しないのか。もちろん、そこにはプーチンが戦争遂行の野望をもち、ゼレンスキーに抗戦継続の意志があるからだが、さらに、いまや流動的な戦争の状況そのものが、それぞれの交渉条件となってしまったからだ。「戦争も交渉のうち」との視点から分析している、米国陸軍士官学校の教官による、きわめて冷徹な分析を紹介しておこう。
ウエスト・ポイントといえば米国陸軍士官学校のことで、軍人エリート養成の拠点である。この士官学校で国際関係論を講じているロバート・パーソン准教授が、現実主義とされる外交誌「ザ・ナショナルインタレスト」に寄稿した「キエフのトリレンマ:ウクライナ戦争にとっての可能な交渉」は、「戦争も交渉のうちに入る」「流血も取引の要素」とする、きわめて冷徹な見方からの停戦交渉論といえる。
パーソンの「戦争の取引モデル」からすれば、「戦争行為もまた交渉のもうひとつの形であり、双方は戦争の結果に対する予想が共通の領域に集約されてくるまで、流血を含むいくつものラウンドを積み重ねる」というのだ。つまり、この戦争はどのような終わりを迎えるのかという点で互いに接近してくるまで、軍事行動をあれこれ続けるというわけである。
これからウクライナ戦争が、どのような形でいちおうの決着をみせるかについて、パーソンは6パターンほど提示している。しかし、その前に念頭におくべきことは、第一に、ウクライナとロシアがこの戦争で目標とするものが、あまりにも離れていること。第二に、いまも両国は自国が「勝利」する希望をすてていないことをあげている。
さらに、忘れてならないことは、ウクライナには「トリレンマ」があることだ。冷戦が終わったとき、当時のジョージ・H・W・ブッシュ米大統領が、ヨーロッパ諸国は「全領土の保全、他国からの自由、そして平和」が実現できると宣言した。今回の戦争においてウクライナが苦闘しているのは、この全領土、自由、平和の3つを同時に実現するのが、きわめて難しいという現実があるからだ。以下、この3つがどこまで実現するか、その「ありうる程度」を「高・中・低」で表示している。
ロシアから自由、ウクライナが全領土支配、戦争継続 ありうる程度:中から低 まずパーソンが最初に挙げる「決着」は、ウクライナがロシアの支配から自由になり、全領土をともかく保全し、そしてロシアとの戦争は継続するという状態である。「パラドックス的だが、これはロシアがもし停戦に同意し、軍隊をすべて撤退させたときに生じる状態」だという。このときも戦争状態は続くわけである。
ウクライナが全土保全、平和実現、しかしロシアからは自由でない ありうる程度:低 この状態はプーチンが目指したものだが、周知のようにウクライナの強い抵抗にあって、電撃戦に失敗したため不可能になった。
ロシアから自由、平和、しかし領土は保全していない ありうる程度:低 これは実は「朝鮮戦争シナリオ」であり、軍事的な千日手(膠着状態)に陥り、仮の安定状態は生まれたが、平和は実現していないという状態である。
ロシアが全土占領、かつ支配しているが、戦争は続いている ありうる程度:中 これはロシアがチェチェンに侵攻した結果生じた状態で、ウクライナの場合には、大都市は破壊されているが、ウクライナは反抗を続けているといった状況。ただし、これはチェチェンの規模が小さいからで、ウクライナのような大きな国の場合は可能性が低い。
ロシアからは自由、国土は分裂、戦争は続く ありうる程度:中から高 このシナリオはクリミア併合とドンバス介入のあった2014年から、ロシアが侵攻した2022年までの状態。つまり、今回のロシア侵攻が始まる前の状態である。この状態はロシアの支配領域が増え、軍事的な支配も強化された形で、将来も続く可能性がある。
ウクライナが分裂、ロシアは介入、いちおう平和に ありうる程度:低 このシナリオはフランスが第二次世界大戦中にドイツに侵攻され、ドイツの傀儡政権が部分的に支配していた状態を意味する。しかし、いまのウクライナがこうした状態になるのは、反乱がおこりやすいことを勘案すれば、あまり考えられない。
では、パーソンがどの場合がもっとも高い可能性があると考えているかといえば、実は、もっと悲惨な「ゼロ成果」だという。「短期的に見て、もっともウクライナに起こりやすいシナリオは、もっとも憂鬱なものだ。ウクライナは全土保全も自由も平和も得られない、いわば『ゼロ成果』の状態に置かれる。流動的な戦闘が繰り返され、ロシアの支配地域がバラバラに散在する」というものだという。
もちろん、パーソンはいまの経済的制裁は大きな効果があるので、アメリカとその同盟国にも大きな損失がでるが、続けるべきだという。また、それに加えて、ウクライナの軍隊や民間人がロシア軍に抵抗するための手段を供給するのは助けになると論じている。その結果として、ロシアとの戦争に勝たないまでも「千日手」に持ち込むことができれば、その後の交渉は有利になるという。
ただし、その場合でもウクライナとその支援国は、交渉の期間や条件において主導的になるところまで、プーチンを追い詰めなくてはならないと強調している。これはかなりウクライナにとって戦況がよくなっていなければ不可能であり、いますぐといったような事態ではない。パーソンは5つ目のような状態が続いた後に、ウクライナ側に有利になる状況が生み出されることを望んでいるわけである。