HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

ロシア経済制裁の失敗が示す未来;軍事の意味が改めて問われるとき

ロシアに対する経済制裁がそれほど効いていないというのは、もう常識に近いものになりつつある。あれほど規模の大きな「経済戦争」をしかけても、ロシア経済が崩壊に向かわないのはなぜか。世界の経済紙・経済誌が次々と「失敗」について特集しているのは、いまは経済の時代であり金融のパワーを毎日感じてきたからだろう。しかし、まさにそのパワーの性質が制裁や封鎖に穴を開けてしまうのだ。


ロシアへの経済制裁について何本も記事を掲載しているのは、英経済誌ジ・エコノミストも例外ではない。しかも、このところ論調がかなり悲観的なものに変わってきた。これまでは効果がでるまでには時間が必要だと示唆していたが、8月25日号の社説「ロシアへの制裁は効いているのか?」では「悩ましいことに、今のところ制裁戦争は期待ほど進展していない」と断言している。(以下に掲げているグラフはすべてThe Economistのものだが、その解説は「ウクライナ戦争と経済(29)ロシア経済はなぜ経済制裁で破綻しないのか?」を参照してください)。


今年の2月以降、アメリカやヨーロッパおよびその同盟諸国は、ロシアの企業や個人に対して多くの制裁を加え、ロシアの外貨準備5800億ドルの半分は凍結、さらにロシアの大銀行はすべて国際決済から排除されてきた。オリガルヒ(財閥)や公的人物たちは旅行が出来なくなり、その資産も押さえられてしまった。さらには、アメリカの「クレプトキャプチャー」タスクフォースは、ロシア独特の宝物イースター・エッグを積んだ巨大ヨットを摘発している。

もちろん、こうした経済制裁にも「戦略」はあったと同誌はいう。まず、短期的にはロシアの資金の流れをストップして、それがウクライナ戦争に使われることを阻止しようとした。また、長期的にはロシアの生産力と技術力を破壊して、ウラジミール・プーチンが使えるパワーを削ぎ取る。最終的には、ほかの戦争をしたがっている国を抑止して、世界の秩序を維持するということだった。


こうした「経済によって戦争を抑止する」という考え方は、1990年代のアメリカによるイラク戦争アフガニスタン戦争の軍事による力任せのやり方が、いまやもう使えないという認識に立っていた。これからのロウグ・ステイト(ならず者国家)を押さえつける新しいやり方として生まれてきたものだった。しかし、それを経済規模世界で11位のロシアに試してみただけで、(つまり、第2位の中国というはるかに規模のでかいところに応用する以前に)もう赤信号がついたというわけだ。

「では、その結果はどうだったろうか」。それは、単にロシアにはあまり効かないということが分かっただけではない。どうも考え方がおかしかったのではないか、との疑いが否定できないのだ。いまもロシアは2022年のGDPが6%マイナスが予想され、それはそれで大きいが、3月に予想されていたような15%のマイナスになどなりそうにない。

ロシアの海外へのエネルギーの売上は今年2650億ドルになる見込みで、ファイナンス・システムは安定しており、さらに貿易をする相手も中国を中心に新しい国を見つけ出しているという。ヨーロッパはロシアに天然ガスを絞られて、景気後退に陥っているというのに、ロシアのほうは何事もなかったような様子なのである。しかも、ロシアはさらにヨーロッパへの天然ガス価格を上げるので、ヨーロッパは厳冬期には激しいエネルギー不足になると予想され、とちらが経済制裁を受けているのか分からない。


こうなるにいたっては、実は、グローバル化した経済というものが関係しているのだが、ジ・エコノミストは地道にひとつひとつ検討している。まず、「タイムラグ」が大きいという。ハイテク製品の輸出を禁止した措置は、効いてくるまで時間が必要だというわけだ。しかも、ロシアのような独裁国においては軍事用の備蓄というものがあって、それがショックを吸収してしまっている。

また、最も大きい「穴」は、世界GDPの40%に達する100を超える国々が、さまざまなレベルの経済封鎖を実行していないことである。ウラルの石油はアジアに流れており、ドバイではロシア通貨があふれ、中東の旅客機でひんぱんにロシアと行き来が可能なのだ。「グローバル経済というものは、ビジネスにショックを与えようとすれば簡単だが、同時に、ビジネスにチャンスを提供することも容易なのだ。特にそれが欧米の政治的強制に従いたくない多くの国にとってはそうである」。

こうしたいまの現実は、台湾をめぐる危機にも大きな影響を与えようとしている。仮に中国が台湾侵攻を試みたとして、先進諸国による経済制裁はいったい効き目があるのだろうか。そもそも、中国の世界経済における規模を考えたとき、それが本当に可能なのだろうか。「最大の経済パートナーとして中国を選んでいる国家に対して、中国に対する経済制裁を強制するのは、ロシアの場合よりずっと難しいことになるだろう」。


さまざまな考察を行ったのち、ジ・エコノミストは次のように述べている。「ウクライナとロシアから学んだことは、侵略的な独裁国家と対峙するには、さまざまな戦線における行動が必要だということだ。つまり、ハードな強制力というものが必要不可欠だということである。経済制裁は大きな力を持つが、西側諸国は経済制裁をあまり拡大すべきではないのだ。なぜなら、西側諸国が将来も大規模な経済制裁をすると予想されればされるほど、現在の経済封鎖を要求される国々はそれに従おうとする気持ちが減退するからだ」。

健気にもジ・エコノミストは最後の段落で、ウクライナ戦争がもらたした「グッド・ニューズ」をいくつか並べている。民主主義は現実というものに気がついたとか、ヨーロッパは新しいエネルギー源を本気で求めだしたとか、アメリカは中国経済への依存を減らそうとしているとかである。しかし、同時に「習近平の中国だけでなく、他の権威主義国家も学んでいる。ウクライナ戦争は21世紀の紛争を画するものだ。それは軍事と技術と金融の要素が複雑に絡み合ったものだということである。西側はそれが予想できていなかった。ドルと半導体だけで侵略に対抗できる国などありはしない」。

 

●こちらもご覧ください

komodon-z.net