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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ポスト・コロナ社会はどうなる(3)世界を「戦後」経済が待っている

第1回で述べたように、コロナ禍が終わった後のポスト・コロナの時代にあっても、仕事や娯楽のあり方が先進国において大きく変わるとは思えない。それらが、濃密な接触を前提として行われることは、これからもほぼ同じだろう。では、経済の仕組みも同じような構造が継続するのだろうか。ここがポスト・コロナ社会を予測するためのポイントとなる。

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 すでに西洋中世に蔓延したペストが、西洋社会の経済的な変化を促したことは触れた。それは、都市のありかたを大きくかえた。たとえば、ペストの流行によって都市人口の8割が消滅するような事態を招き、下水の設備を整えて感染爆発を阻止するようになるが、そのことで、都市の事実上の政治指導が経済的な実力者に移っていった。

 また、おそらくペストの流行に対してまったく無力であった教会は、精神的権威のかなりの部分を失い、また、市民は信仰心のありかたを教会組織への帰依から、自分自身の心の問題として捉えるようになり、精神における独立を促したことは想像できる。つまり、技術的支配力と精神的価値観において大きな変化が生まれたのである。

 これはたとえば18世紀にリスボンで起こった大地震においても、技術と価値観の大きな変化と動揺が見られる。自然からの突然の脅威によって、それまでの密集した都市の形態を改めることになっただけでなく、それまでの精神的権威が動揺した。しかも、このときポルトガル王国が、復興のイニシアティブを積極的に取ったことで、国家の政府が国民の生活に責任を負うという、近代国家の性格を強めたと言われる。

 こうした自然からの脅威に対して、国家が積極的な役割を担うことで、経済および政治において、新しい時代を拓くことになった比較的最近の例としては、スペイン風邪の世界的流行をあげることができる。このスペイン風邪パンデミックは、第一次世界大戦の最中だったため、その衝撃の大きさが隠れてしまっているが、世界の経済と政治を大きく変えてしまう事件だったことは間違いない。

 まず、その規模がきわめて大きいものだった。当時の世界人口は約20億人だったが、スペイン風邪で死んだ人間は5000万人にのぼった。これは第一次世界大戦で戦死した兵士の数に匹敵するといわれる。約5500万人だった日本でも、40万人以上の人が亡くなった。こうした圧倒的な自然災害に対して、大きなリアクションが生まれないはずはない。

 スペイン風邪についての記憶は、世界史や各国史では印象の薄いものになったといわれるが、それはおそらく第一次世界大戦の記憶が強いために、スペイン風邪へのリアクションと大戦へのリアクションが、明瞭に判別できないためではないかと思われる。第一次世界大戦の世界史的意味は、まず何よりもこの戦争が「総力戦」であり、国民の「総動員」を必要としたが、それはスペイン風邪への対応でも同じだったはずである。

 ポスト・コロナ社会で中心となる経済政策は、おそらく「復興」であり「回復」がテーマとなるだろう。これはきわめて自然なように思われる。しかし、すでに日本ではこうした復興も回復も経済政策のテーマとされてきた。かつて実現されたとされる1980年代が、かなりの部分がバブルであったのに、あたかも経済における黄金時代のように見なされ、その黄金時代に回帰すること、あるいはその時代に保証されたことが失われないように見せるため、経済政策が駆使されてきた側面があるのだ。

 さて、いまの新型コロナウイルスパンデミックが終息に向かったと仮定する。始まるのは、もちろん「復興」だが、先進国は何を復興しようとするだろうか。その時点での「現状」を想像してみよう。まず、実体経済においては長期に及んだ消費激減によって、製造のサプライチェーンが寸断されている。そして中小企業のかなりの部分が倒産している。

 また、財政・金融はどうだろうか。何よりも明らかなのは巨大化した財政赤字である。すでに日本は2020年に新型コロナ感染拡大が始まった時点で対GDP比で240%に達していたが、(さまざまなシミュレーションを参考にすると)ポスト・コロナ時代には300%を超えているかもしれない。他の先進国でも200%を超えているところがいくつもあるだろう。

 この状態とは、これまでの歴史的経験において、何に似ているだろうか。それは、第一次世界大戦および第二次世界大戦の「敗戦国」の状況である。もちろん、細かに見ていけば条件は異なる。しかし、実体経済における「廃墟」と金融経済における「巨大な財政赤字」という点からすれば、これほど似ているものもない。つまり、新型コロナは世界中に大戦における「敗戦国」を大量に作り出すのである。

 第一次世界大戦後においても第二次世界大戦後においても、実体経済における供給力はすぐには回復していかないので、デマンド・プル型のインフレが起こる。しかも、コロナ禍の場合には世界中が供給力は落ち込んでいるから、巨大な製造力のある国家の経済がその不足を埋めるということはない。

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 第一次世界大戦後でどこよりも激甚なインフレを起こしたのは敗戦国のドイツで、レンテンマルクによって何とか収束を図ろうとした時点では1兆倍のハイパーインフレになっていた。また、戦勝国であったフランスにおいても、国土が戦場になっていたことと、復興を焦るあまり国債や貨幣供給を拡大したために、300%の高インフレになっている。これはしばしば見逃されることがあるのが、注意したい歴史的事実である。

 第二次世界大戦の場合は、日本を見るのが分かりやすいだろう。国土は焦土と化して生産力が著しく低下していたが、そこに植民地だった旧満州やアジア各地から大量の人間が帰国し、たちまち200%の高インフレが起こっている。もっとインフレは抑制できたのではないかという説も存在していて、なぜ抑制しなかったかといえば、GHQが日本国民への「懲罰」の意味を込めてしばらく放置したというのだが、これは十分にあり得ることである。

 第二次世界大戦で勝利したアメリカ合衆国の場合でもインフレが続いた。これはアメリカが世界中に経済的援助を進めたためでもあるが、日本が降伏した時点ですでに対GDPで120%に達していた財政赤字を解消するため「インフレ税」を採用したせいでもある。戦後、インフレに対しては寛容になり、世界的にもインフレ基調であったのは、インフレによって累積赤字を実質において目減りさせるという、アメリカの政策が大きく影響していた。

 実体経済におけるサプライチェーンの寸断がインフレを招くという議論は、2011年の東日本大震災のさいにも登場した。当時、たとえば、紙の製造が東北に集中していたこともあって、これから紙を使った製品が高騰するだけでなく、他の分野のサプライチェーンも損傷しているので、インフレになると予測したエコノミストは何人かいた。

 しかし、そうはならなかった。日本のGDP全体に対して東北6県のGDPは合計で6%ほどであり、また、サプライチェーンの回復や他地域への移転によって、何とか需要に応じることができたからである。もちろん、それだから東日本大震災が日本経済にとって損失を与えなかったかというわけではない。東北地方の沿岸地域に大きな被害をもたらし、いまも延々と影響を与え続けている。

 新型コロナの蔓延が続いている「いま」においても、たとえば、一方で消費活動を煽って、サプライ・チェーンが寸断されたままに放置すれば、デマンド・プル型のインフレが起こるだろう。需要する側つまり欲しい人たちを増やして、供給する側つまり売りたい人たちが低迷したままなら、国中にインフレが昂進するのは当然のことである。

 つまり、ポスト・コロナ社会にあっては、まず実体経済の側にすでにインフレの条件が整っているということだ。そのための対策としては、実体において物理的にサプライチェーンや製造工場を復活させていくしかない。これが財政問題だけで考えたときのインフレ問題とは大きく異なるわけである。

 では、金融経済におけるインフレの要因はなんだろうか。それは言うまでもなく巨大化した財政累積赤字だが、この点については注意深く見ておく必要がある。財政赤字すなわちインフレではないからだ。この点については、財政ハト派つまり赤字をものともせずに緊縮を阻止せよという論者たちは、いまも財政タカ派が「財政赤字が大きくなるとインフレが起こる」と信じていると思っているようだが、今どきそんな素朴な論者はほとんどいない。

金融経済の側からのインフレの要因は、まず、実体経済の回復の遅れによってインフレになったとき、この事態に対して重大だとは見なさずに、あるいは歓迎して放置することから生まれる。たとえば、2%くらいのインフレならば、そもそも日銀はインフレターゲット政策で目標としていた数値なのだから、これで達成したと胸を張ることができるかもしれない。

 また、インフレ率が2%を超えて5%あるいは6%くらいになったとき、これを是認するかどうかは、その時の経済状況と政策方針にかかっている。経済の名目成長率が3%、6%、7%というふうに、インフレ率より実体経済の成長率が高く、しかも、(ここが大切だが)インフレに合わせて給料や公共料金などが円滑に上昇させていけるならば問題とはならないだろう。つまり、国民も政府もインフレを是認するのである。

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 このレベルのインフレが、第二次世界大戦後のアメリカを中心とした資本主義陣営の課題だった。5%とか6%を是認し、巨大化した財政赤字を解消するために「インフレ税」をもちいて累積赤字を実質的に減らし、戦後経済から脱出するというのが、長期的な考え方だった。アメリカの場合、1970年代までには、戦費調達によって生まれた財政赤字の影響が、ほぼなくなったといわれている。

 さて、そこで問題なのがインフレが10%を超え、ときには15%近くになるような状態に至ったときである。これこそまさにアメリカの1970年代後半のインフレ問題だったわけで、長く続いた民主党時代が終わり共和党が政権に返り咲いた。そして、共和党政権のもとで、元々は民主党支持者だったFRB議長のポール・ボルカーが、1980年代になってインフレ退治を開始したわけである。

 日本ではオイルショックの際に23%になって田中角栄が失脚した。田中政権が崩壊したのはロッキード事件による田中逮捕ではない。激しいインフレになって、地元で土地ころがしをやっていた田中が「元凶」であるとされ、辞任に追い込まれたのである。(若い世代には、こういう歴史事実を知らない人が多くなっている。)つまり、10数~20数%のインフレは政権を飛ばすくらいの威力はあるということである。

 おそらく、ポスト・コロナ社会という「戦後」も、新型コロナのパンデミックが長くなれば、かなり高い確率でインフレが始まるだろう。それをある程度抑制するためには、まず、実体経済でのサプライチェーンや中小企業の回復を推進することである。そして、金融経済においても巨大になった財政累積赤字をコントロールすることだ。

 いまの世界は、アルゼンチンとかブラジルのような例を除いて、高インフレ経済に慣れていない。つまり、国民はインフレでどのような事態が起こるのかという感覚を持っていないのだ。特に若い人たちはデフレは憎悪すべき悪でも、インフレは経済問題を解決してくれる味方だと思い込んでいる人がけっこう多い。

 ここでは詳しくは述べないが、財政赤字に対して敵対的でない財政ハト派の経済学における認識の共通点は、最低限r<gつまり金利より経済成長率を高くして、財政累積赤字の拡散を防ぎながら、緊縮経済をなるたけ避けるということである。日本や欧州はrをゼロあるいはマイナスにして辻褄を合わせてきた。これは経済学者たちが論文で書いているほど簡単なことではないが、そうした「忍耐」ができれば不可能ではない。ただし、ポスト・コロナ社会ではこれまでより遥かに厳しい条件下で行うことになる。

 ちなみに、財政ハト派の中にはインフレ率が40%でも、資本主義は大丈夫だと言っている経済学者がいるが、これは率直にいって狂気に近いと思う。この数値が、たとえ、一定のタイムラグをともなって、何とか給与の伸び率や公共料金の伸び率でも実現される(それはきわめてむずかしい)としても、国民の生活は悲惨なものになる。それはアルゼンチンやブラジルの30%となった状態を振り返ってみればよい。両国はいちおう資本主義を続けたが、それは悲惨な資本主義であった。

 

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