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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ゼレンスキーの「正体」(2)「オリガルヒの操り人形」から脱却できたのか

ゼレンスキーはあまりにもウクライナ・オリガルヒの支配力が大きすぎると批判し、大統領に当選した後は、彼らの違法な蓄財に切り込むと演説していた。しかし、ゼレンスキーと政党「国民の僕」が大勝利を収めると、有力なオリガルヒであるイーホル・コロモイスキーがイスラエルから帰国する。まるで示し合わせてあったような展開だった。


いうまでもなくコロモイスキーは、ゼレンスキーが大統領を演じたドラマ『国民の僕』を放映したテレビ局「1+1」の事実上のオーナーだ。政治にも強い関心をもつことから、2014年、いわゆる「マイダン革命」の直後、大統領代行トゥルチノフからドニプロペトロウシク知事に任命されたが、在任中にプリヴァト銀行から550億ドル相当を詐取した疑いが生まれた。彼は告訴を逃れるためイスラエルに亡命していたが、ゼレンスキー政権の成立はその心配がなくなったことを意味したといわれる。

コロモイスキーとゼレンスキーとの縁は極めてふかい。ゼレンスキーが中心の番組制作グループ「95街区」を引き立て、彼を人気者にしたのはコロモイスキーだった。また、ゼレンスキー主演の『国民の僕』を積極的に推して大人気番組にしたのも彼のテレビ局だった。そして、おそらくは、資金や人脈などによって、ゼレンスキーが大統領選で戦えるようにしたものコロモイスキーだ。たとえば、前回登場したゼレンスキーの相談役ボーダンは、コロモイスキーの法律顧問を務めていたことがある。

 

ここで簡単にウクライナのマスコミ業界について説明しておくと、この国には先進諸国のようなマスコミはほとんど存在しないといってよい。メディアのおよそ4分の3はオリガルヒたちが形成している4つのグループによって占められ、内容についてもオリガルヒが支配し、彼らのビジネスを維持するための道具となっている。ウクライナ国営放送があるが、それは日本のNHKや英国のBBCなどとは異なり、独自の方針や分析基準をもっているわけではなく、「政府が発表することをそのまま伝える」のが任務だといわれる。

もちろん、独立系のプロパガンダ的な刊行物や興味本位の契約媒体はあるが、欧米的な独自の方針や手法によるメディアは、1991年に独立してからも発達してこなかった。こうした状況のなかで、リベラルなメディアを立ち上げる動きが盛んになったが、ウクライナでメディアを調査した社会人類学者のタラス・フェディルコによれば、メディアのあり方を自問自答すると同時に、「親ロシア派か親欧米派か」といったセクショナリズムに陥る傾向は強かったという(ここらへんはシリーズ「ウクライナ社会の裏を読む(1)~(3)」をご覧ください)。


そもそも、ウクライナ・オリガルヒたちは、ビジネスを展開するうえで親ロシア派と親欧米派に分かれ、それぞれ自前のメディアで独自にプロパガンダしてきた。よく知られたウクライナ・オルガルヒで言えば、元大統領のヤヌコヴィッチは親ロシア派で、彼と同盟関係にあったアフメトフなども親ロシア派だった。いっぽう、ゼレンスキーをバックアップしてきたコロモイスキーは親欧米派の代表的存在で、元首相の「美人政治家」ティモシェンコや、元大統領のポロシェンコも親欧米派のオリガルヒといえる。つまり、「オリガルヒ=メディア=政治」という関係は、ウクライナの現実における強固な構造なのである。

したがって、ゼレンスキーは大統領選挙においては「ドンバス地方に平和をもたらし、オリガルヒ中心の社会を根本的に変える」と主張して爆発的な人気を獲得したが、いったん大統領になってしまうと、「オリガルヒ=メディア=政治」の頸木から逃れることはできなくなったというのが現実だろう。「平和と改革」を実現させると、ウクライナ国民を第一に考える政治(ウクライナ・ファースト)を唱えて、国民に仮想的な夢をみさせたが、脱仮想化して現実に戻らざるを得なくなると、急速にオリガルヒ・ファーストに転落していった。


この転落あるいは脱仮想化のきっかけとなったのが、自分のボスであったコロモイスキーをめぐる紛糾だったことは偶然でもなんでもない。コロモイスキーはウクライナに帰国すると、破綻状態になって国営化されていたプリヴァト銀行を、再び民営化すべきだと主張しはじめた。しかも、破綻に至ったのは当の本人が巨額の詐取をしたからとされているのに、何百億ドルもの残高があったのでそれを弁償しろというのである。こういうのは「盗人猛々しい」というのだろうが、ゼレンスキーは板挟みになった。

この事態に対応したのは、ウクライナ中央銀行の副総裁カテリナ・ロツコーワで、フィナンシャルタイムズ紙2019年10月21日号によれば「彼女は、もし国営化をキャンセルしたりすれば、改革者たち、投資家たち、その他の関係者にとって赤っかな信号を出すことになると反論した」。そしてさらに、ゼレンスキー大統領とその政府に対して、プリヴァト銀行の国営化を維持することは、国家の財政を安定させるのに必要であり、絶対にコロモイスキーに応じてはならないと釘を刺したという。

結局、ゼレンスキー政権はプリヴァト銀行の再民営化は行わなかった。しかし、コロモイスキーによる同銀行からの詐取の疑惑は不問に付された。ロシアによるウクライナ侵攻が起こってからは、欧米の報道においても、こうしたゼレンスキーとコモロイスキーとの関係は強調されなくなった。なぜなら、NATOウクライナの親欧米派オリガルヒたちは否応なく「同盟関係」に入ったからだ。BBC電子版の2月26日付が遠慮がちにプリヴァト銀行再民営化問題に触れて次のように述べている。

 

「ゼレンスキーは選挙の間も、詐欺とマネーロンダリングの疑いがあるコモロスキーからの支援を受け続けてきた。当選後、ゼレンスキーはこのオリガルヒの操り人形に戻ってしまうのではないかとの懸念があった。しかし、プリヴァト銀行に対する処置を見る限り、思われている以上に独立性があるようだ」

BBCにしては苦笑してしまうような奇妙な記事だが、少なくともウクライナ法務当局は、コロモイスキーの捜査・逮捕をしていない。前出フィナンシャルタイムズ紙は述べていた。「今回の政権も国家を食い物にする政治的仕組みだということが明らかになって、ゼレンスキー氏の政府こそが改革者たちの理想だという物語は、台無しになったのである」。

つまり、ゼレンスキー政権がどのような性格のものか明らかになって、奇跡のような大勝利によって生まれた、ゼレンスキーの仮想空間は事実上消えていた。ところが、大半の国民もゼレンスキー自身もそのことに気がついていなかったらしい。ゼレンスキーは「平和と改革」のうちの「平和」についても、まだ仮想空間のなかにいたのである。(つづく)

 

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