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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ戦争はなぜ「休戦」にできないのか;バイデンはキーウで煽っただけだった

バイデン米大統領が電撃的にウクライナを訪問して、ゼレンスキー大統領と会談を行った。いっぽう、ロシアの経済はマイナス2.1%の成長と発表された。この2つはウクライナ戦争の終結に繋がっていくのだろうか。あっさり言ってしまえば、残念ながら両方とも大きな効果をもちそうにない。


英経済紙フィナンシャルタイムズ紙2月20日付に、同紙の外交担当のギデオン・ラックマンが「ウクライナに早期の平和への道はない」を書いている。彼は昨年12月には「朝鮮戦争の休戦という形がウクライナでも採れる」のではないかと論じていたが、今回はちょっと匙を投げてしまっている感じがする。ウクライナ戦争の分析は変わっていないのだが、対話へと向かう状況ではないということだろう。

ロシアがウクライナに侵攻してから1年になろうとしている。ロシアの早期勝利の作戦はまったく失敗に終わり、経済制裁が続いているというのにロシア経済は、戦争を止めざるを得なくなるほど被害を受けていないとラックマンはいう。「ロシアは20%くらいの経済縮小があるかと思われたのに、実際には3~4%の縮小でしかない」。最新のデータでは冒頭で触れたようにわずか2.1%のマイナスである。「これは制裁が本当にグローバルになっていないからだ」。

 

しかし、何といってもウクライナ戦争の「休戦」がいま不可能なのは、ロシア、ウクライナアメリカが目指す「戦争の目的」がバラバラで、ひらきが大きすぎることだ。これはラックマンが昨年の論文にも書いていたことだが、今回はウクライナと西側諸国との開きを強調している。「ウクライナはクリミアを含めた領土奪還を目指し、西側諸国は公式にはこの目標を否定していない。しかし、西側諸国も非公式にはクリミア奪還が現実的な目標だと思っている西側諸国など存在しないのだ」。

この点、ウクライナは現状を甘く見ているかもしれないと、ラックマンは述べている。ウクライナはクリミア奪還を絶対的なものとしたいかもしれないが、西側諸国内にますますウクライナを支援し続けることに、疑念が生まれてしまうだろう。また、アメリカも今はバイデン大統領が危険を顧みずキーウにやってくるが、来年の大統領選挙が近づくにつれて国内優先の雰囲気が拡大するかもしれない。すでにヨーロッパでは政治的雰囲気は変わりつつあるのだ。


「まさにモスクワは、西側諸国の結束が揺らぐことを望んでいるわけであり、そして、同様にウクライナと西側諸国は、ロシアが考えを変えるか、プーチンが危機に陥ることを望んでいる。つまり、両方とも戦争の相手がくじけることを望む理由があるので、両方ともこの戦争を続けようとするインセンティブが働くのである」

それぞれの勢力が目標とするものがまったく異なるという構造的要因と、それぞれの勢力が抱いている心理的要因が、可能性としては存在している「誰も負けたことにならない」休戦という形式での妥協が、まったく不可能になってしまっている。というのが、現時点でのラックマンの診断ということだろう。「この戦争を早く終わらせる方法を考えるというのは正しいが、戦争は長く続くと予想するほうがずっと現実的ということになってしまう」。

 

おそらく、ここで取り上げたラックマンの論文は、ほどなく日本経済新聞に翻訳されて掲載されることになると思われるので、全文を読んでいただきたい。そしてまた、先ほどの朝鮮戦争の「休戦」や、この論文で述べられたウクライナ戦争の分析の仕方は、いわゆるリアリストの思考方法とほぼ同じものといえることも理解していただけるだろう。

誰も敗北したことにしない休戦というのは、ウクライナ戦争が始まってしばらくしたころにキッシンジャーが言い出したことだった。また、それぞれの勢力の目的の相違が戦争を継続させてしまうというのは、ミアシャイマーの分析と軌を一にしている。後者については、このブログでも何度か取り上げているので、そちらもご覧いただくと参考になると思われる。

ミアシャイマーの分析については

hatsugentoday.hatenablog.com