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東谷暁による「事件」に対する解釈論

バフムトは撤退か戦闘継続なのか?;ウクライナ、ロシア双方の情報戦から見える真実

ウクライナ東部の要衝バフムトをめぐって、情報が錯綜している。ゼレンスキー大統領は徹底抗戦だと主張しているが、NATOのストルテンベルグ事務総長は2~3日で陥落するとの警告を発した。そのいっぽうで、アメリカの情報機関がロシアはいま動けなくなっているとの見方をしているという。いったい何が起こっているのか。まず、もっとも状況を簡潔に書いている英経済誌ジ・エコノミスト3月9月電子版の速報を見ておこう。


NATOのストルテンベルグ事務総長は、ロシアが数カ月のあいだ占領を試みてきたウクライナのバフムトを、2~3日の間に攻略する可能性があると発言した。また、ロシアの民間軍事会社の首領プリゴジンは、彼の配下の傭兵隊ワグネルがバフムトの東部を占領下においていると主張している、さらに西側の政府高官は、2万人から3万人のロシア兵がバフムトの攻略戦で死傷していると発言している」

わずか1日前にはゼレンスキーがバフムトからの撤退を否定して、バトルは継続すると見られたのに、まるでそれを裏切るかのように、NATOのストルテンベルグがすぐに陥落するようなことをいう。いったいどうなっているんだ、と思った人も多いだろう。しかし、このストルテンベルグ発言が、どのような文脈で発表されたかを勘案すると、それなりの意図があることが分かる。


ブルームバーグ3月8日付の「バフムトは近いうちに陥落するかもしれない」を読むと、ストルテンベルグの発言は、スウェーデンで開かれているEU国防担当相との会議で行われたもので、「ウクライナへの支援を継続すべきだ」との趣旨でなされたことがわかる。しかも、この発言のあとに「たとえバフムトが陥落してもウクライナ戦争の戦局は変わらない」と述べているので、少し前のオースティン米国防相の発言への唱和であることが分かる。

ゼレンスキーが意欲的な表情で「徹底抗戦を続ける。偉大な成果が得られる」と語ったことによる楽観を少しだけ抑制して、いまもウクライナは危機にあるので、皆さん支援をおこたってはなりません、といった牽制をしたとみたほうがいいのかもしれない。これに比べると、ジ・エコノミストの速報にあるワグネルの東部支配は、たとえプリゴジンの主張であってもリアリティが感じられる。

とはいえ、プリゴジンはバフムト東部の占領を主張しながら、そのいっぽうで弾薬の欠乏を主張している。傑出した「傭兵隊長」として、ワグネルへのさらなる武器弾薬を要求するとともに、おそらくは遠まわしに脅すことによって、自分たちへの実入りの加増もちゃっかりと主張しているものと思われる。


こうした状況を裏打ちする情報として、前出ブルームバーグの3月9日に掲載された「アメリカ情報機関のチーフはロシアの侵略が停滞していると見ている」がある。この記事の前半は前出の記事の繰り返しだが、アメリカ国家情報長官のアヴリル・ヘインズが、3月8日、上院情報委員会で、次のように述べたことを付け加えている。

「ロシア軍が今年中に、いまの占領地を支配するのに十分に回復すると、我われは見ておりません。プーチンは彼の軍隊が何ができるかを理解していると思われ、いまのところもっと限定された軍事目標について、考えているもようです」

いまのところ、こうした報道を見る限り、ウクライナとロシア双方とも、バフムト戦においてかなりの消耗が見られ、武器と弾薬と兵士の強力な追加がなければ、双方とも積極的な動きが無理であるかのように見える。つまりは、戦場の外部からの支援が本格的に開始されるまでは時間稼ぎということなのだ。しかし、「戦争には独自のロジックがある」。何らかの小さなショックによっても、たちまち陰惨で激しい攻防戦が始まってしまう可能性は否定できない。