HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

いまスウェーデン方式を推奨する人の不思議;テグネルは「政治家」であることをお忘れなく

何か気の利いたことを言いたい、衝撃的な言動で耳目をひきたいというときの安易な方法が、どこか外国の話をはなはだしく理想化して語るというのは、日本の古代からの悪癖である。これからやってくるコロナ禍の第2波には、スウェーデン方式がいいという言説など、その最たるものといってよい。しかし、それがあまりにも安っぽいと、まともに受け止めるどころが、目を向ける気すらしなくなる。(最近の報道については、文末の「追記」をご覧ください)。

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たしかにスウェーデンのコロナ対策を理論的に指導しているアンデシュ・テグネルは、諸外国からの激しい批判にも耐えている。ロックダウンについては「世界は発狂している」とまで言うにいたった。ここまでの発言は、日本の失言王の麻生副総理もちょっと無理だろう。世界がマッドになっているといえば、自国を孤立に向かわせて外交的に危機に陥るだけでなく、自分自身がマッドだったと分かっても、引くに引けなくなるではないか。

 なにかを声高に断言している人間に対しては、その当否にかかわらず敬意が向けられる傾向があるのは、わたしも知っている。しかし、当初の予想がつぎつぎに外れて追い込まれている理論指導者を英雄だと錯覚して、一歩も引かないことだけから「彼は正しい」と思い込むのはオコの沙汰である。なぜなら、テグネルは一歩も引かないのではなく、もう引くに引けなくなってしまっているからだ。

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いちいち引用して反論してもよいが、読む人たちの時間を奪うのは忍びない。簡単に済ませるので、ざっと目を通していただきたい。まず、スウェーデン方式について確認するが、それに価値があるとすれば、集団免疫が形成されていくことで、それが壁のようにコロナ感染を防ぐこと。また、これまでの生活と経済にそれほど影響を与えないで済ませられるということだった。そして、今のところ両方とも失敗している。

 こういうと最近は、「それは違う。テグネルはそんなことは言っていない。スウェーデンが目指したのは医療崩壊を防ぐことだったのだ」という人があらわれる。それはなぜかといえば、テグネルが外国からの批判に対して、最近、そう反論し始めたからである。しかし、今年3月にテグネルは「集団免疫を急速に形成しようとは思っていない」とは言ったが、英国の当初の集団免疫策とスウェーデンの方針とは「矛盾していない」とも語っていた。「感染をゆっくりと広げ、そして医療サービスが十分に機能するのをめざす」というわけだ。

 しかも、ニューズウィーク電子版4月21日号では「5月には、首都ストックホルムで新型コロナへの集団免疫を獲得する可能性がある」と語った。さらに、フィナンシャル・タイムズ紙の5月8日付のインタビューのさいにも次のように述べていた。「秋には第2波があると思います。スウェーデンは高いレベルの免疫を持っていて、感染者数はたぶん極めて低いでしょう。しかし、(ロックダウンをやった)フィンランドは極めて低い免疫率しか持てないでしょう」。こんなふうに自慢げに語っていた専門家に、いまになって集団免疫なんか関係ないといわれても、驚くしかないのである。

 そこでまず、集団免疫についてだが、5月までに達成するという目標が完全に達成できなかった。この時点では何のコメントもなかった。もちろん秋までに「高いレベル」の免疫率は獲得できそうにない。そこでテグネルは6月17日のラジオインタビューのさいに集団免疫形成が「驚くほど遅い」と嘆いてみせた。「なぜそうなのか、説明は難しい」(ブルームバーグ電子版6月17日付)。なにせ、4月末に最大の都市ストックホルム(ということは最も接触度の高いところ)ですら、免疫保有率が7.3%でしかなかったのだ。ところが、同じ日のロイター伝によると、記者会見で「感染の広がりは我々が考えていたのより遅い、それほど低いというわけではないが」などと発言していて、真意がどこにあるのか判断に困るのである。

 しかし、この前後の調査では、民間企業が希望者に実施した検査が14%まで達したが、これまで行われたいちばん包括的な検査では6.1%という、あまりにも少ない数値だった。もちろん、0.5%にも達していない日本に比べれば高いが、最近発表された40%台で集団免疫が達成されるという説に照らしても少なすぎるし、ましてや、以前から言われている60%には遥かに遠いというしかない。

 では、生活はどうか。テレビやネットでの映像を見ていると、ストックホルムの街では楽しそうにカフェにマスクなしで集っているが、現実にはソーシャル・ディスタンスなどの基準が政府から示され、それは強制ではないが守るべきものとされていた。そして、ここらへんは報道によればまちまちだが、自粛も日本ほどではないがかなり広がっていたと思われる。その証拠も出そろい始めている。現実に高齢者のいる国内の老人ホームで、何万人もの死者がでているなかで、皆が皆、楽しく交際を楽しんでいたとは思われない。

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日本経済新聞電子版より

 

さて、経済だが、なかには今年第1四半期がかろうじてプラスであることをあげて、あたかもスウェーデン経済が他国に比べて健在であるかのように書いている人もいる。しかし、そうではない。まず、生活に自粛が広がっていたとすれば、消費は落ちているはずである。また、よくもわるくもグローバル化した世界経済のなかで、スウェーデンだけが国内経済だけで繁栄することは不可能である。しかも、スウェーデンは輸出の対GDP比率が50%におよぶ輸出依存国であり、公的機関の発表では、今年のGDPは昨年比マイナス6.1%との予想が出ている。

 これはドイツのマイナス6.5%よりはましだが、IMFの予想ではスウェーデンはマイナス6.8%で(日本はマイナス5.8%)、他の国に比べて良好だなどとはとてもいえない。英経済誌『ジ・エコノミスト』は若干甘くマイナス5.1%と予想しているが、これとても悲惨な状態であることは間違いない。スウェーデン銀行関係者などはマイナス10%もありうると言っているとのことで、この国の経済だけが健在だということはないのだ。これからどこまでリカバリーできるかは不透明というしかない。

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日本経済新聞電子版より


そして、医療崩壊を起こさないという目標だが、これは達成していると関係者は述べている。つまり、感染者が病院に押しかけて、医療器具や医師・看護師がカバーしきれないという状態は回避した。しかし、これはスウェーデンの現在の医療制度では、ある意味で当然のことなのである。コロナ肺炎で亡くなるのはほとんどが高齢者であり、コロナによる死者の半分を占める老人ホームの入所者は、コロナに感染しても病院には入れないという、「トリアージ」(制度的な治療優先順位づけ)が行われたからである。つまり、最初から制度的に医療崩壊を起こさないために、コロナ感染老人のほとんどを病院から排除したのである。崩壊したのは介護なのだから、医療崩壊は起きていないといっているだけのことだ。

 こういう話をすると、スウェーデンは高齢者が過剰な医療を受けずに亡くなることを、淡々と受け止めるお国柄だから、などと言い出す人がいる。そしてまた、そのことを粛々と守る家族もいることはウソではないようだ。しかし、もし使われていない人工呼吸器がかなりあったり、生命維持装置がけっこう空いているのに、自分の親が自動的にトリアージで治療から外されたらどうだろうか。なんとかしようと考える家族が出てくるのではないか。

 これは現実に起こりうるし、そして実際に起こったことだった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙電子版6月18日付は「コロナはスウェーデンの高齢者の生命を大量に奪っている」というレポートを掲載した。ここにはコロナに感染した父親が、政府の決めた制度にしたがって治療を拒否されたのに反発し、マスコミ関係者と乗り込んで治療を要求し、無理やり終末治療に回された父親を回復させた話が出てくる。

 これはおそらく、今のスウェーデンでは「横紙破り」なのだろう。しかし、同紙がさまざまな機関や関係者に取材してまとめたデータからは、やはり無視できない現実が浮かび上がってくる。たとえば、スウェーデンではコロナに感染した老人ホーム感染者の90%は病院に入れてもらえない。これはコロナに感染すると高齢者の多くは亡くなってしまうという考え方からだ。しかし、同紙の調べではコロナ陽性と判断された高齢者の58%は、この記事の掲載時まで生き延びているという。

 また、こうした制度に批判的な立場の人によれば、スウェーデンではトリアージガイドラインが、たとえ病院がまだキャパシティに余裕があるときでも、あまりにしばしば高齢者が治療を拒否される理由あるいは口実になってしまっている。さらに、この国の集中治療室の使用率は80%にとどまっていると、政府関係者が証言しているという。こうした介護崩壊を制度改革や民営化のせいとか、ヘルパーが外国人だからとかの理由で直視するのをやめるべきではない。それがスウェーデンの今の現実だからだ。

 ストックホルムの有名病院の医師は「集中治療室は比較的空いている」と述べている。「というのも、高齢者たちは病院には入れないし、彼らは鎮静剤による処置はされるけれど、酸素吸入も基本的な治療も受けられないからね」。こうしたトリアージは、会ったこともない医師によって、電話で会話するだけで、決められてしまうことも多いのだという。

 同紙の調べでは、スウェーデンでは今年2月から4月までのあいだ、70歳以上で集中治療を受けたのは全体の21%だったが、たとえば、デンマークの場合には49%にのぼっている。スウェーデントリアージ制度の徹底ぶりが見えてくるだろう。ある医療関係者によれば、「病院は容量オーバーなんかしていませんでしたよ」。

 次は、老人ホームで働いていた看護師資格者の証言である。「高齢者たちが咳き込むのを見るのは、たまらない思いでした。ある患者さんが、わたしがモルヒネ注射をしようとしたら、それは何なんだと聞いてきたんです。わたしは嘘をつきました。多くの人がまだ寿命じゃないのに死んでいきました。それはとても、とてもつらいものでした」。わたしは妻とふたりで四人の親を看取ったから、この部分を読むさいは冷静でいられなかった。

 こうした、驚くほど徹底したスウェーデンの制度を、「よくわからないが」と述べながら参考にして、日本でのトリアージを提唱した論文が、ある政府系研究機関のホームページに掲載されたことがある。もちろん、それは政府に採用されなかったようだが、いちおうプロたちですらスウェーデンの「権威」を借りて、自分たちの思い付きのようなコロナ対策を派手に発表するのである。しかし、スウェーデントリアージは貴重な「他山の石」ではあっても、文化的価値、社会構造、経済体制、そして医療制度からみて、とても日本の基準にはなりえない。

 そういうものに比べれば、ネット上でのスウェーデン讃歌は笑って済ませられる部分もある。たとえば、テグネルは多くの批判に対して、自分が進めてきたコロナ対策の方向性を変える気はないと断言した。そのさいに、集団免疫を根拠とした英国のロックダウン採用を批判した。「英国はそれをやったけど、よい結果は得られなかった」とテグネルは述べている。

 そのせいか、スウェーデン方式を称賛する論者のなかには、こと細かに英国とスウェーデンを比較して、英国と比べても決して劣った結果にはなってないと述べている人がいる。しかし、英国はアメリカやブラジルなどと、世界のなかでコロナ対策の最低・最悪を競っている国である。しかも、ロックダウンが英国のコロナ対策をおかしくしたというよりは、コロナを甘く見たジョンソン政権の初動の遅れから、まともな準備をしないで感染流行に突入したことが、混乱の最大の原因なのではないだろうか。

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あんまり適切な評価法とはいえないものの、英国は、英経済紙『ジ・エコノミスト』の研究部門EIUが、優・良・可・不可の四段階評価で、文句なしに不可をつけた国である(このブログの「日本が『可』でアメリカが『良』だって?」を参照のこと)。そんな国と比較しても、しょうがないと思うのだが、英国よりはよく見えるから(ちなみにスウェーデンは可である)、こうするよりほかになかったのかもしれない。経済成長も英国はIMFの予測でマイナス10.2%と悲惨である。

 わたしはスウェーデンがテグネルの指揮のもとに今のコロナ政策を遂行することに文句を言いたいのではない。わたしの趣味からすれば、まず国民の合意形成が硬直的で、また、死生観についての文化的感覚があまりに異質すぎる。とてもじゃないが、わたしはスウェーデン国民になりたいとは思わないが、スウェーデン国民が望むのならそうするほかないだろう。

 しかし、テグネルのパフォーマンスに魅入られて、ここに何か素晴らしいものがあると錯覚し、日本もスウェーデン方式を採用しようなどと騒がれるのは、はた迷惑だといいたいのである。いまの日本の政治家たちを見ていると、たんに有権者の耳目をひくために、スウェーデン讃歌を一発かましてみるバカがいるかもしれない。

しかも、しばらくテグネルの発言を追いかけてきて思うのだが、この人物は「国家主席疫学者」という権力者であり、同時に国民を強力に指導するしたたかな、あるいはこずるい「政治家」でもある。ニュアンスが微妙に変わる発言を、周辺国の批判ゆえだと好意的に解釈して、笑顔で受け止めないほうがいい。

 

付記:介護崩壊については、ウォールストリートジャーナルの記事 Coronavirus Is Taking a High Toll on Sweden's Elderly. Families Blame the Government. また、フォーリン・ポリシー誌の Sweden's Coronavirus Failure Started Long Bfore the Pndemicもご覧ください。下のリンク「新型コロナの第2波に備える(2)誰を優先治療するかという「トリアージ」の難問」では、こうした危機に直面したとき、どのように対処するかについて、いくつかの国の例を挙げています。アメリカのトリアージについては、At the Top the Covid-19 Curve, How Do Hospitals Decide Who Gets Treatment も参考にしています。

 

追記:7月21日のスウェーデン当局の発表について、いま、詳しい点を確認中です。とりあえずは、下記の情報でお確かめください。

https://www.cbsnews.com/news/sweden-coronavirus-death-toll-projections/

 https://www.dailymail.co.uk/news/article-8545963/Lockdown-free-Sweden-5-800-coronavirus-deaths-health-agency-warns.html

 

簡単にこのニュースについて解説しておくと、いずれもAFP系のもので、スウェーデンの保険当局が、今後の計画のためのシミュレーションを発表して、それによると最悪で5800人(上のものでは4400人)の可能性があり、確率として高いのは約3000人が予想されると述べたという。もちろん、この2つの報道は、この一カ月ほどの死者の漸減傾向は踏まえたうえで、この通りなら今の死者の2倍になってしまうのではないか、というのが論旨である。もちろん、同当局は最もありうる事態は国中にクラスターが発生するようなケースで、そのときには直ちに抑えることになると述べている。

しかし、この時期になぜこうしたシミュレーションを発表したのか、いまのところ私にはよく理解できない。これは推測だが、これまでの第2波での集団免疫があまり期待できないので、いまのうちに国民に警告しておいて、大失態だった介護施設などでのクラスター発生のような事態には、ならないようにすると述べたものではないか。スウェーデン・モデルはさまざまな意味で議論の対象であることをやめていないが、その一部について、日本に参考になりそうなものは、まとめておきたいと考えている。

 

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