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東谷暁による「事件」に対する解釈論

第3回目の接種はオミクロンに有効か;ロンドンとニューヨークの比較から考える

今日(1月11日)の朝、岸田首相は3月から一般の人に対する3回目のコロナワクチン接種の「前倒し」をして開始すると表明した。追加確保したモデルナ1800万人分を使うのだそうである。しかし、これが世界的にみれば「前倒し」といえないことは明らかで、日本国内でも反ワクチンの論調が目立つなか、不安に思う人も多いだろう。

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最近の新型コロナについての情報状況は、多くの情報がばらばらに脈絡もなく流れるので、どれが信頼にたるものなのか分かり難くなっている。こうした状況のなかでは、怪しげな議論でも、一定の影響力をもってしまう危険度が高い。やはり、多少はややこしいデータでも、自分で見て読んでみて、そのうえで判断する必要があるだろう。

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イングランド:英国の4つのカントリーの1つ


オミクロン株については、いちばん大きいリスクが「症状が軽いのなら、警戒は必要ない」あるいは「そんなに軽症なら、3回目のワクチンなどいらない」という議論が拡大しがちなことだ。ここで紹介しておくのは、英経済誌ジ・エコノミスト1月10日号のイングランド(上図:ロンドンを中心とする行政区カントリーを意味する)とニューヨーク州ニューヨーク市を含む)との比較グラフだ。

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The Economistより:右のニューヨーク州では感染数が急伸したとき重症化や死者も増えたが、左のイングランドの場合には重症化や死者数は横ばいを保っている


イングランドニューヨーク州のいずれでも、いまオミクロン株の大流行が進行している。しかし、データをみると肝心の点で大きな違いが見つかると同誌は述べている。この2つのグラフで顕著な違いは、いずれも感染者の拡大は急激だが、それに比べて重症化する人や亡くなる人の上昇率が、かなり異なるということだ。同誌もいうように「オミクロン株が、たとえばデルタ株の症状の厳しさが2分の1ですむとしても、感染者が2倍になれば同じこと」ではあるのだが、その「厳しさ」にも、この2つの地域は明らかな違いがあるわけである。

「ロンドンにおいては、わずかとはいえ明るい兆しがある。この首都では、サンプル調査で見れば、クリスマスのころには人口の3分の1が感染するという状況だったが、いまやそれがピークを迎えているようなのだ。このひと月の感染拡大の局面では、入院者数を170%も押し上げたが、集中治療が必要な患者は20%にすぎなかった。また、死亡数も昨年のピークに比べてわずか13%にとどまっている」

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The Economistより:集中治療室に入った患者数の昨年1月比


惨憺たるな状況の地域なので、「すぎない」とか「わずか」という言葉が、どこかヤケクソ気味に聞こえる。しかし、ロックダウンを繰り返し、ワクチンを他国に先駆けて接種した末に、経済の交代を含めて世界でもっとも悲惨な状況にあるイングランドにおいては、こうした数字は明るい兆候なのである。では、ニューヨークはどうなのか。

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Our World in Dataより:英国、アメリカ、スウェーデンの感染者数(/100万人)


ニューヨーク州のデータは、集中治療が必要な患者の数も、感染数といっしょに上昇し、また、死者数も同時に増えていることを示している。イングランドでは第3回目の追加接種(ブースター)を推奨し、この1月末には成人全員に終える計画が進んでいる(昨年11月29日にはすでに約32%、今年1月8日には約60%に達している)のに、ニューヨーク州では「約1300万人が2回の接種を受けているが、これは成年のわずか3分の1にすぎない。第3回目(ブースター)を受けたのは約500万人にとどまる(つまり成人の13%)」。

この記事は、ワクチン懐疑論者がオミクロン株は症状がマイルドだといい、また、ワクチンもオミクロン株から完全に守ってくれないことを述べつつも、第3回目のワクチン接種を受けることを勧めるものになっている。「英国での50万人のオミクロン株感染者の研究から、第3回目の接種をした人の場合には、そうしていない人に比べ、入院するリスクは81%も低下している」。これはロンドンだけでなく、日本を含む世界にとっても明るい見通しだろう。

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Our World in Dataより:英国、アメリカ、スウェーデンの死者数(/100万人)

 

ただし、ひとつだけ気になったのは、この記事の筆者が次のように書いていることだ。「イングランドの指導者は、2021年7月の感染波のさなかに規制をゆるめ、冬には免疫率が高くなってイングランドは利益を得ることを期待した。その免疫が、急速なブースターと一緒になって、ニューヨークとの違いを生み出したのである」。

しかし、これはジョンソン首相が望んだことかもしれないが、はたしてそうした意味での有効な免疫が生まれていたのかといえば、私は疑問だと思う。むしろ、英国の失敗はちょっと状況がよくなると喜んでで規制を緩和し、また厳しくなると規制を強化するという、ストップ・アンド・ゴーの繰り返しだったのではないのか。また、オミクロン株の感染に対して過去の感染によってできた免疫は、ワクチンによる免疫に比べて、ずっと低い有効性しかしないという研究も発表されている。

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Our World in Dataより:英国、アメリカ、スウェーデンの2回接種率

 

さらには、ここに示したアメリカ、スウェーデン、英国の感染者数と死者数とワクチン接種率の3つグラフ(上の3図)から、免疫が感染によって生じることを前提として、規制をゆるめたことによる免疫形成の効果があったことを読み取るのは、かなり困難である。その間も英国は、ひたすらワクチン接種を他国に先行して続けていたのだ。そして、そもそも、規制を緩めることで感染を阻止するのに有効な免疫が得られるのなら、オミクロン株を対象とした第3回目の接種(ブースター)が、なぜ必要なのだろうか。

何らかの根拠となるデータあるいは研究成果があれば見たいものだが、この記事では特に記されていない。その根拠が、いわゆる「免疫の層」(感染拡大が止まる「集団免疫」ではなく、様々な免疫がいっしょになって感染拡大を阻止することを意味する)だとしても(このブログの「オミクロン株は本当にマイルドなのか?」を参照のこと)、ワクチンでなく感染によって免疫を得る場合には、かなりの苦しみを伴う。結局、第3回目の接種によって免疫を強化したほうが、ずっと好ましいことになるだろう。