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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国のコロナ死者数はなぜこんなに少ないのか;いま上海で行われているデータの扱い方

上海がオミクロン株の蔓延で感染者があれほど多いのに、なぜ死者はゼロですむのだろうか。これは誰もがもつ疑問だが、「中国のことだから正しい数値は期待できない」と簡単に達観してしまうと、経済や政治を含めて本当の中国の現状が分からなくなる。さまざまなデータや報道から少しでも現実に迫る気力が必要だ。

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フィナンシャルタイムズ紙4月17日付は「中国のコロナ死者データはオミクロン株の衝撃をあいまいにしてしまう、と専門家は指摘」を掲載している。このタイトルの「と専門家は指摘」は、いかにも腰が引けているのではないかと思うが、それでも様々なデータと現地での声が収録されている。あとは読者の気力しだいである。

吉林省の公式発表によれば、3月1日以降のコロナ感染者は44万3000人、死者は2人だという。上海などでは2600万人の人口があり、この2週間は毎日の感染者が2万人を超え続けているというのに、死者はいないというのだ。しかし、何人かの上海の住人は小紙に対して、彼らの何人もの親戚がコロナ検査の後に亡くなっていると証言している」

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香港大学のウイルス学者ジン・ドンヤンによれば、アメリカや香港ではコロナに感染した後に誰が何処で亡くなったかが公式の死者データとして記録される。しかし中国本土では異なったアプローチを採っているのだという。彼が言うには、たとえ患者がウイルスに感染していても、亡くなったさいには癌、心臓疾患、肥満などが死亡の原因とされてしまう。そのため、コロナの公式のデータには含まれないことになるというわけだ。

オックスフォード大学の感染学教授チェン・ツェンミンも、コロナ禍以前においてですら、中国の季節インフルエンザによる死亡者は、西欧諸国に比べて少なく記録されていると語る。セントルイスにあるワシントン大学のマイ・ヘイ教授などは、中国政府はそうした統計を使って、いかに中国が欧米諸国に比べて優れているかを示すための、データ・ゲームをやっていると指摘している。

同紙はコロナデータ分析に力を入れている英経済誌ジ・エコノミストのアナリストにも取材していて、ジ・エコノミスト武漢でコロナ感染が広がったさいには、1万3400人の感染者がいると推計したが、これは中国政府の正式発表の3倍以上の感染者数がいるとしたわけである。

とはいえ、コロナの衝撃を正確にとらえていないのは、中国だけではない。たとえば、医学雑誌ザ・ランセットに掲載された論文よれば、世界でのコロナの死者は発表された数値の3倍と考えるべきだという。これはおそらく超過死亡という統計学の概念を用いて算出したもので、同じような数値をジ・エコノミストも発表していることは、これまでも「コモドンの空飛ぶ書斎」のほうで紹介してきた。

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前出のチェンによれば、おそらく中国におけるオミクロン株の致死率(感染者が亡くなる確率)は、欧米諸国に比べてかなり高くなるのではないかという。というのは、中国の場合、高齢者のワクチン接種率がきわめて低いからで、これまでのコロナ致死率から推測して、死亡者は高齢者とワクチン見接種者に偏ることが分かっているのだから、当然、こうした推測がでてきて当然なのだ。

ちょっと脱線するが、最近、日本でもオミクロン株における致死率が低いことを知って、「それみたことか、コロナは風邪なみだったではないか」と改めて非常識をさらしているマッチョ評論家たちがいる。しかし、それは80%に達したワクチン接種率による感染阻止および感染者の致死率の低下を、まったく考慮にいれていないからそう見えるだけのことなのである。

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さて、話を元に戻すが(ここからが面白い)、上海でのコロナデータの発表で特徴的なのは、感染者を「症状のあるケース」と「無症状のケース」に分けて発表し、しかも、無症状が全体の92%にも達していることである。これは実はかなり意味深長なことなのだというのが、フィナンシャルタイムズの記事の核心である。

あるCDC(中央疾病予防センター)の関係者によると、この発表のやり方によって、症状のあるケースがきわめて少なく印象づけられており、このことがこれからのオミクロン対策に支障をきたすのではないかと憂慮しているという。たとえば、上海などでは、肺のスキャンによって感染と確認された「症状のあるケース」のみを患者としてあつかっている。

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これは何万人もの感染テストによる陽性者を、風邪のような症状だとして「無症状のケース」としていることを意味するのだという。それは、無症状と症状のある場合の比率が、グラフで見るとまったく一定でないことからも推測できる。全体の感染者は増えていても、治療の受けられる「症状のあるケース」だけが、一定の数値あるいはやや低下した数値なのだ。つまり、治療を受けられる患者数を、強制的にコントロールしているわけなのである。

同紙があげている実例としては、ある73歳の住民が3月24日に陽性と判断されて隔離施設に送られたが、その施設から3月30日には死亡したとの電話が家族にかかってきたという。おそらくは無症状のケースとされて、隔離はされたが十分な治療を受けられずに、そのまま亡くなったのではないかと思われるという。

残念ながら、この記事では実際の感染者数も、また実際の死者数も推計値が提示されていない。しかし、ここに紹介した事例を読んでいただき、グラフを見ていただければ、いま上海に起こっていることが、どれほど我々が日本で体験しているテスト、治療、入院、データ発表といったものと、大きく異なっているかは分かっていただけたと思う。