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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国のコロナ禍はこれからが本番;破滅的リスクを回避する方法はあるか

ロシアにばかり目を向けていると、ひょっとすると日本にとって、もっと大きな影響を与える中国の動向を忘れがちになる。いま中国は多くの問題を抱えながら、秋の中国共産党大会に向かおうとしている。このときおそらく習近平は、総書記の3期目続投を確実なものにすると予想されているが、その後を考えると必ずしも安泰ではない。

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中国がいま直面している大きな問題とは、まず、ロシアとの関係をどうするかだ。ウクライナ侵攻によって、欧米諸国に激しい批判を受けている同国との「同盟」関係が、はたして中国にとって有益なのかが問われている。また、不動産バブルの崩壊が中国経済に与えた衝撃はきわめて大きく、まだ軟着陸がなされたわけではない。そして、欧米では終焉を迎えつつあるコロナ禍は、中国の場合、むしろ新たな局面を迎えて喫緊の問題になりつつある。

「中国が経験しつつあるコロナの感染爆発は、そのスケールにおいて、他の国ではほとんど問題にはならないかもしれない。3月における全国での新規感染数は、約2万7000人に過ぎないのだ。しかし、中国のいくつかの地方政府からすれば、これは中央政府の『ゼロ・コロナ』政策への脅威と見られている」

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The Economistより;3月に入ってからの感染が急激だ


このように書き出しているのは、英経済誌ジ・エコノミスト3月26日号の「中国は実際の問題としてウイズ・コロナを学ばなくてはならない」という記事だ。ここでは、この記事を中心に、中国が直面している問題のうち3つ目のコロナ禍について、いくつかのデータを見ながら、この問題が潜在的にもっているインパクトを考えてみよう。

まず、これまでのデータを振り返ってみよう。ジ・エコノミストの推計によれば、中国のコロナによる死亡率は、アメリカの数値のわずか5%にすぎない。コロナ禍が始まってから2年間の経済成長率は、アメリカが2.4%、他の先進国が0.4%であるのに対して、中国は10.5%を達成している。中国の指導者たちは、彼らの政策は成功だったと考えており、この秋の中国共産党大会でも華々しく強調されることになるだろう。しかし、ジ・エコノミストはそのようには見ていないようだ。

「そうした数値があるにもかかわらず、中国共産党パンデミックの始まりについて隠蔽しており、おそらくはオミクロン株のような高度に感染しやすい変異株への対策は失敗してきた。中国の指導者たちは、コロナ禍が過ぎ去ってしまうまで、国を閉ざすことが可能であるかのように振る舞ってきた。しかし、そうした粗雑なオミクロン型の感染爆発への対処は、中国を破滅へのリスクにさらしてきたのである」

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香港のコロナ感染の急増。中国の他の都市でも同様の急増が考えられる


こうした粗雑な対処がほころびているのは、香港のコロナ感染爆発を見れば明らかになると同誌はいう。香港もこれまでは中国本土と同じように低い数値に抑えてきた。しかし、オミクロン株が広がることによって、いまや香港は1日当たりの死亡率が世界で最高にまで達した。病院は重症化した人たちを受け入れきれずに、港湾や駐車場に待機させることになった。死者の多くはワクチンを打っていない高齢者である。爆発的感染が始まった時点で、80歳以上の高齢者の65%は接種していなかった。

「このような爆発的感染が起こるリスクは本土も同じだと思われる。80歳以上の高齢者のなかで、わずか51%が2回の接種を受け、3回目を受けたのは20%以下にとどまる。多くの香港住民は欧米製のワクチンを接種していた。中国政府はあきらかに政治的な理由によって、本土の住民に欧米製ワクチンの接種を許していない。自国製のワクチンも3回接種すれば、重症化や死亡に対する抵抗力を与えてくれるが、欧米製のものより効果が薄らぐ速度がかなり早いと指摘されている」

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香港のコロナによる死者数の急伸。他の都市にも急伸の可能性が


こうしたデータと現地の取材から、同誌は、もはや中国はいまの「ゼロ・コロナ」政策を放棄するしか選択肢はなくなるだろうと予測している。長期的な観点からして、オミクロンのような感染力のあるコロナウイルスに対して、「ゼロ・コロナ」政策は高くつくことになるからだという。

モルガンスタンレーの分析によれば、中国の今期のGDPの伸びは昨年に比べてまったく期待できないという。これはグローバル経済に対してもマイナスとなる。中国の輸出の16%以上を占める上海と深圳において、コロナ禍のための規制政策は、再び世界のサプライチェーンに対する赤信号になってしまうだろう」

同誌はかなり憤りを込めて、いまの中国政府の矛盾をついている。たとえば、ワクチンについて自国産に限定して欧米製を許可しないが、そのいっぽうでアメリカのファイザー社のコロナ治療薬パクスロヴィッドを許可しているのはどうしたことか。そしてまた、いまのコロナ禍の波を乗り切れたとしても、新たな変異株が登場したときにどうするかを考えていないと批判している。「中国政府はゼロ・コロナ政策を強化しようとしているが、しなくてはならないのは、まさにそのゼロ・コロナ政策から抜け出すことなのだ」。

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以上が同記事の概要だが、すこし違った角度からも考えてみたい。欧米ことに英国とアメリカの現実を踏まえて論じているのだと思うが、それだけに別のバイアスも同誌の主張にはあると感じるのは私だけだろうか。もちろん、広義の「ウイズ・コロナ」以外に、コロナウイルスへの対処はあり得ないが、それが見るも無残な大失敗を重ねてきた英国やアメリカが基準になっているのでは意味がない。また、中国がいまさら失敗した英国やアメリカを模倣するとは思えない。

したがって、問題はこれまでの中国の「ゼロ・コロナ」でもなく、また英国やアメリカの「ウイズ・コロナ」でもない対策がありうるかということになる。もちろん、中国がこれまでのような「ゼロ・コロナ」を強化することで、いまのオミクロン株の危機を乗り切れるとは思えないのは当然だ。ジ・エコノミストの論調は、絶対的な「ゼロ・コロナ」か、欧米とくに英国やアメリカ流の「ウイズ・コロナ」しかないように議論してはいないだろうか。

もし、これから中国が正気に対処するとすれば、たとえ「ゼロ・コロナ」を唱えても、それは政治リーダーや中国共産党の顔を潰さないためであって、もはやかつての力任せのものではない「ウイズ・コロナ」となるだろう。いわばタテマエはゼロ・コロナでも、ホンネはウイズ・コロナということになっていくというのが、実践上はベターといえる。

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試行錯誤は必要にしても英国はウイズ・コロナの失敗例だ


これから中国は、欧米製のワクチンに限らず、自国製でもいいから、もう少し効果のあるワクチンを採用することが必須となる。そしてまた、英国やアメリカが完全に惨めに失敗した、ロックダウンと急激な規制緩和を繰り返すのも、極めて危険だということを、やはりしっかりと改めて思い出したほうがいい。

ウイズ・コロナといっても、新しいコロナウイルスの変異株の性質によっては、厳しいロックダウンが必要になるかもしれない。また、地域的な特徴が明らかになったら、その地域だけに有効な方法もありうる。結局、戦略の幅を広く持って、状況によって使い分けできる態勢がもっとも必要だ。中国人民のために心配するのは、いまの習近平政権が、それだけの柔軟性すらも、すでに失ってしまっていることである。