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東谷暁による「事件」に対する解釈論

米国のインフレ率が7%に!;これまでの金融政策をざっと振り返ってみよう

アメリカの昨年12月消費者物価指数が、予想されていたとはいえ、年率7%に達して世界は衝撃を受けている。コアCPIも5.4%となり、経済メディアは1982年以来の高さだというので、当時のポール・ボルカーFRB議長のインフレ抑制策を回想している。おもしろいのはウォールストリート紙が、1982年より1946年と1973年を振り返るべきだと指摘していることだ。

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とはいえ、まずは1982年を思い出すのが順当だろう。ウォールストリート紙1月12日付も、ボルカー議長の熾烈なインフレ抑制策がなぜ出てきたのかについて、比較的詳しく述べている。ポール・ボルカーFRB議長となったのは1979年で、これは第2次オイルショックの年だった。

急伸するインフレに対してボルカーは信用拡大を抑制したので、1980年には多少の景気後退が起こるが、彼の「インフレ・ファイター」としての真骨頂はこの後に始まる。1981年にはFRBの公定金利が19%にまで上昇し、景気後退は深刻になる。しかし、ボルカーは手を休めなかった。1982年にはインフレと金利が急落し、その後、1桁のインフレが続く時代が約40年続くことになる。

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この「成果」に対して、いまも称賛を惜しまない人がいるが、実は、大きな弊害が生まれていた。ひとつが高金利をものともしなかった局面で、外国の経済が大きな影響を受けた。為替ルートがドル高になって、たとえばメキシコなどはデフォルトに追い込まれた。また、アメリカ国内でも失業率が10.8%に上昇している。

ウォールストリート紙が1982年を参照することに警戒感をもつのは、こうしたFRBの決断が生み出す副作用を思い出してしまうからだろう。とはいえ、46年や73年もそれほど生易しい事態ではなかった。まず、1946年だが、いうまでもなく第2次世界大戦が終結した翌年にあたり、急速に回復した消費は20%ものインフレを起こしている。こうした事態は1947年には収束するのだが、同紙が指摘するのは「消費パターンがゆがみサプライチェーンが寸断されている」のが同じだから参考になるというのである。

もうひとつの1973年もまた、インフレが昂進した年だった。第四次中東戦争が開始され生鮮食品やエネルギーの高騰したことが大きかったとされるが、すでにインフレの傾向は1966年に始まっていたと同紙は指摘している。つまり、エネルギーの高騰はもちろん大きかったが、それ以前から「長期にわたった低く安定したインフレと低い失業率の時機が長く続いた」後にインフレに転じたという意味で、いまの状況と似ているという。

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当時のリンドン・ジョンソン大統領は、急伸するインフレについて、「産業の特殊なマクロ経済的要素」の原因だと述べたという。つまり、いわゆる便乗値上げで自分たちの利益を拡大したというわけだ。当時のマーチンFRB議長も、大統領の圧力もあって、あまりに強い需要がインフレを不安定にしていると認めたという。

同紙は、パウエルFRB議長は1946年や1973年(転機となったのは1966年)と共通した転換期に立っているのであって、「強い需要と供給の制限」を強調するいまの発言も似ているという。したがって、この3月にFRB金利を上げ始めるのは間違いないとみている。ただし、パウエル議長は1982年だけでなく46年や73年という前例があり、また、いまの大統領に最初に指名されたわけでない分だけ、柔軟なかじ取りができるはずだというのである。

この記事は、すでに述べたようにパウエル議長の3月からの金利上げを牽制するものと思われる。パウエルは前出のマーティン議長のように「FRBの仕事はパーティが盛り上がったときにパンチボールを引き下げること」とは思っていないだろうが、7%のインフレという数値を前にして、FRBとして何もしないわけにはいかない。問題なのは単なる7%ではなくて、いま政策金利を0%近傍にしているから、その差が7%もあることなのだ。

たとえば、人気経済学者ポール・クルーグマンは、若いころからボルカー批判者だったが、今回もニューヨーク・タイムズに2度にわたって「インフレには良い面と悪い面がある」と繰り返し、時期尚早の金融政策の引き締めをすべきではないと論じている。しかし、いまや問題はゼロ金利とインフレ率との差になった。その間をうまく調整しないと、インフレだけでなくバブルがさらに昂進する。この2カ月間の米国における消費動向や雇用の動きが、アメリカ経済と世界経済を左右することになるだろう。

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さて、日本人にとってはアメリカよりも日本経済だが、1月11日に日本銀行が発表した2021年12月の「生活意識に関するアンケート調査」では、前年比で物価が「上がった」と答えた割合は77・4%だった。これは消費税率の引き上げの翌年である2015年12月調査78.8%以来の高水準だという。

そんなはずはない、「消費者物価動向調査」ではちっとも上がっていないじゃないかと言う人も多いだろう。日銀のは「アンケート調査」だから、主観的なものと客観的なものとの差が出ているというしかない。ただし、同じく日銀が昨年12月10日に発表した同年11月の企業物価指数は前年同月比で9.0%上昇している。

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nikkei.comより


財政バランスだけから判断する経済学では、否定的にならざるをえないだろうが、局面としてはインフレが上昇する条件はそろってきている。ただし、インフレがそのまま日本経済の活性化や生活向上につながるわけではない。それが1946年や1973年なみになれば、政権は大きく動揺するし、主流だった経済学も失墜したのが歴史的経験だった。いまは意識調査と客観データをじっくりと見比べてみる必要がありそうだ。