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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ポスト・コロナ社会はどうなる(6)甘い幻想より厳しい現実のほうが確かな根拠になる

安倍晋三政権は大都市以外の緊急事態宣言の解除を進めているが、そのいっぽうで地方都市に新たなクラスターが発生してショックを与えている。米トランプ政権も経済再開を目指して経済支援策を打ち出し、株価はかなり回復したように見えるが、失業は急進して実際には20%を超えているとの説もある。新型コロナとの闘いを続ける世界は、いままさに岐路に立っているのである。 

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ポスト・コロナ社会、つまり、新型コロナウイルスが常時の脅威でなくなる状態までたどり着くまでには、どのような試みが成功しなければならないのか。まず、いうまでもなく新型コロナに対するワクチンが使えるようになるか、少なくとも治療薬ができて対症療法が確立することが必要だ。

 また、新型コロナの脅威によって急速に委縮した経済が、すぐには元に戻らなくとも、回復の経路にまちがいなく入ることが条件になる。さらに、このことと関連するが、1990年に始まる日本のバブル崩壊や、2008年からのアメリカ発の世界金融恐慌に見られるような、財政・金融システムの不全を引き起こす負債を解消する必要がある。金融システムを不全から救わなくてはならないのだ。

 そしてもうひとつ、すでにコロナ恐慌に突入する前から生じていた、国際社会の緊張を緩和していかなくてはならない。米中関係は小康状態を迎えたといわれたが、新型コロナ問題が発生してからは、むしろ対立の度合いを急速に高めている。もし、ポスト・コロナ社会における安定を願うならば、米中関係の修復は不可欠である。

 きわめて常識的な項目を並べたが、ともかくこれら4つの現状を見てみよう。まず、第1番目の新型コロナ・ワクチンだが、パンデミック状態になったばかりのころには、さまざまな試みが報道されていた。ところが、このところワクチンが世界に供給されるのは、どんどんと先へと遠ざかり始め、いまやキリストの再臨の時のごとく、どんどんと未来に引き伸ばされている。

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日本経済新聞電子版より

 

日本経済新聞5月14日付が面白いグラフを掲載していた。「ワクチン・治療薬の研究開発費は増えていない」というのだ。同紙によれば「世界保健機関(WHO)によると5日時点で開発中のワクチンは100種類を超える。ヒトへの臨床試験(治験)に進んだのは8種類ある」というが、各国の研究費の額がどこも少なく、しかも、協力体制が確立していないので、なかなか進展しないのだという。しかし、パンデミックの「第2波はほぼ確実」と専門家が見ていることを考えれば、なんとか今年中には見通しをつけたいところである。

第2番目の経済の状況はどうだろうか。世界の先進国が焦って経済再開を試み、アメリカのように思い切った財政支出FRBによる債券買い上げを試みている国もあるが、その成果はどうなのだろうか。これもなかなか興味深い事態が生まれている。アメリカでは新型コロナのパンデミックで株価が急落したが、その後、かなりの回復を見せている。ところが、実体経済のほうはまったくリバウンドの兆候が見えてこないのである。

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The Economist 電子版より(以下3点)


経済誌『ジ・エコノミスト』5月9日号は「危険なギャップ;株式市場vs.実体経済」との特集を組んでいる。アメリカの株式市場は下落した分の2分の1回復して、あたかもV字回復かのような復活ぶりを見せているのに、実体経済はさっぱり。それどころか、失業率が急伸しているというわけだ。

 「あっという間に下落した分の半分は取り戻せたが、この株式の急回復を生み出したのは、FRBが大企業の負債である社債を購入すると報じられたからで、投資家たちは何もかも放り出して楽観論に突進しただけのことだった」

 

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 同誌は株価の動きを細かく分析して、それが欧州や新興国と異なっているのはFRBが巨額の刺激策をやるといっているからであること、また、回復に寄与しているのはFAMAAと呼ばれるフェイスブック、アップル、マイクロソフト、アマゾン、アルファベットなどの情報産業であること、新しい動きとしては健康産業への投資シフトが見えることを指摘している。こうしたネタは、しばらくすれば剥落してしまう可能性が高いだろう。

 

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 日本の株価もアメリカほどではないが回復しているが、これも株式サイトなどで市場状況の概要を見れば同じような傾向がみられる。このところ上昇しているのは、精密機械、医薬品、輸送用機器、小売業、それに食品というわけで、目の前に起こっている経済再開と安倍政権の財布が開くと思われる分野なのである。

 

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         株マップ.comより


したがって、日本経済のなかの実体経済も、アメリカほどではないにしても低調であることに変わりない。いまファイナンスにおいて特に危機に陥っているのは、この株式市場の概要グラフでも分かるが、百貨店、外食、自動車販売、航空機といった大企業と、さらに推測すれば「不要不急産業」つまり、文化施設、カフェ、食堂、スポーツ施設、旅館とホテル、アパレルなどの上場していない中小企業である。

そこで、第3番目の金融システムについてだが、日本が1990年代のような「不良債権」の山を築かないようにするためには、こうした「不要不急産業」の負債を買い取る仕組みと予算を、すぐに準備かつ強化する必要がある。すでに、同じような仕組みもあるとの話も聞くが、アメリカの社債買取を日本の実情に合わせたかたちで、さらに大胆に実行すべきだろう。

 実は、これは実質的にそれほどの予算はいらない。新型コロナウイルス蔓延が終わって債券市場が回復してから売れば、場合によってはプラスになることもありうる。いわば「ハゲタカ」のやることを、政府が多少の損失を覚悟で前もってやるだけのことで、不確実性が伴うが、丸まる損失になる仕組みではない。いまFRBが大胆に買い進んでいるのは、そうした仕組みを前提としているからである。

 

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さて、第4番目の国際協調だが、アメリカがトランプ大統領で中国が習近平であるかぎり、しばらくは緊張関係が続くだろう。もちろん、トランプは再選は無理だという説もあるが、相手がバイデンなら負けるわけはない。こちらもひどい候補なのだ。また、習近平失脚説もあるが、スターリン時代にひそかに根回ししていたフルシチョフみたいな人物が、中国共産党にいれば可能だというだけの話で、いまのところ無理だろう。

 朝日新聞4月27日付で、アメリカの国際政治学者イアン・ブレマーが電話でインタビューに答えているが、彼が心配しているのは新興国が中国になびいてしまうことだ。しかし、いまの中国経済はもうガタガタで、コロナ以前のような気前のよい援助ができる状態ではない。それは、ポスト・コロナのなかで顕在化するだろう。

 ブレマーは世界から中心となる国がいなくなるという「Gゼロ」理論で注目されたが、そのためアメリカの地位低下と同時に中国の台頭を強調せざるを得なかった。彼がいま口にしていることは現実ではなく、半端であいまいな「Gゼロ」理論が描き出す仮想世界でしかない。現実は、米中がお互いに相手を泥沼に引きずりこんで、結果として指導的国家のない「Gゼロ」に近づいてしまうということにすぎない。

 『フォーリン・アフェアーズ』5月号に米外交評議会議長のリチャード・ハースが「パンデミックは歴史の転換点ではない」を寄稿している。読んでみると「転換点ではない」といいつつ、アメリカの影響力が小さくなり、米中経済のデカップリングが進むといっているので、これでは転換点であると言っているに等しい。「パンデミックの結果、何が変わるかといえば『混乱する世界』がさらに混乱することだ」。ハースは「そんなことは俺がすでに予言していた」と言いたいらしい。ただ、最後の締めくくりだけは間違っていない気がする。

 

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 「現状そして今後にとって、より関連性の高い先例は、第二次世界大戦後ではなく、国際的な混乱が高まりつつも、アメリカが国際的な関与を控えた第一次世界大戦後の時代かもしれない」

 私が「間違っていない」というのは、「アメリカが関与を控えた」という部分ではない。アメリカは戦間期も「モンロー主義」(「ヨーロッパは新大陸に手をだすな。そのかわり、米国はヨーロッパに手をださない」という主義)によって中南米に干渉を強化した。また、実は、ヨーロッパにもアジアにも盛んに政治介入していた。アメリカの「孤立主義」というのは、今も昔も単に世界と協調的でないという意味にすぎない。

 ハースが間違っていないのは、第1に、第一次世界大戦中にスペイン風邪パンデミックが起こって、戦争で亡くなった人よりインフルエンザで死んだ人のほうが多かった(当時、20憶人の世界人口のうち4500万人がなくなった)という類似性があること。第2に、アメリカの過剰消費の暴走が世界恐慌を招いて、ヨーロッパではナチスが台頭するという混乱が待ち構えていたということである。新型コロナはやはりひとつの、そして陰気な、転換点となりうるのではないだろうか。

昨年の12月以来、世界に恐怖を与えてきた新型コロナウイルスは、実体経済における製造のネットワークを破壊してきただけでなく、金融経済においても株式市場に打撃をあたえて、いわば「複合パンデミック」の形で経済全体を縮小させている。この衝撃の影響はまだしばらくは継続し、さらに、「第2波」が大きければ甚大な被害を与えることになるだろう。

そのいっぽうで、アメリカと中国がもろともに経済力を低下させることで、世界は多極化への流れが加速する。どこにも中心がなくなる「Gゼロ」などではなくて、しばらく続く「混乱」のなかで、多くの中心が作られようとするわけである。ただし、そのことが日本にとって、政治的にも経済的にも独立を回復した、新たな時代をもたらすとは限らない。

多極化した世界は、幾重にも絡んだ複雑な外交が要求されるアリーナ(競技場)であり、戦後、日本はその競技から長期にわたって遠ざかってきた。ひとつ間違えば、いまの地位すら失ってしまう、慣れない駆け引きが横行する世界が、私たちの目の前に現れてくると思われる。

 

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