HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

「新しい資本主義」の本当の現実;パンデミックがもたらす「即時経済」は監視経済だ

新型コロナのパンデミックはいまも世界を蔽っているが、この大混乱が新しい資本主義をもたらしつつあるという議論は、いまのところ期待と希望をもって語られているといってよい。ことにコロナウイルスとの戦いのなかで、データの収集と分析は急激に進歩した。それならば、これまで不可能だった経済の即時的対応が可能になり、政策も確度の高いものになるのではないかと考えても不思議ではない。

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物流や配信で使われた情報ノウハウが政治や経済に応用される


経済誌ジ・エコノミスト10月23日号は「リアルタイム革命はマクロ経済の実践を変えてしまう」との社説を掲げ、さらにかなりのスペースを割いて、マクロ経済学における変化についてのリポート「第3波の経済学 パンデミックは陰気な科学をどこまで変えたか」を掲載している。この2つの記事に登場する例は興味深く、とくにリポートを読んでいると、マクロ経済学という分野がずいぶん変化していることが分かる。では、同誌がいう「即時経済」という「新しい資本主義」はやって来るのだろうか。

「苦しい混乱時代は偉大な啓蒙時代に道を開きつつある。世界はいまリアルタイム革命のさなかにあり、質の良いタイムリーな情報が行き交っている。巨大企業はすでに『即時データ』をさかんに利用してきたが、こんどのパンデミックは政府や中央銀行に、レストランの予約モニターやカード決済を追跡するといった実験的な試みを求めている」

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The Economistより:即時に決める政治と経済になる?


いうまでもなく、世界中に商品を届けるアマゾンから、『イカゲーム』などを配信するネットフリックスまで、民間部門においては膨大な情報をビジネスのために使用するのは、ごく当り前のことになっている。しかし、政府や中央銀行といった公共部門においては、GDPひとつとっても、データの収集から集約にいたるまで、どうしてもタイムラグが生まれてしまうのは当然と思われてきた。

ところが、今回の新型コロナ・パンデミックのさいには、いわゆるビック・データが縦横に使用されるだけでなく、それまで研究が続けられてきたマクロ経済学のビック・データ使用が、急激に成果を生み出しているという。それは、最近のノーベル経済学賞をみても分かることで、かつてはあくまで「理論」が中心だったが、いまや「データの処理と応用」へと移行しつつあることから分かると同誌はいうのである。

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The Economistより:リアルタイム革命は経済学にも押し寄せている


「皮肉にも、今回のパンデミックはそうした変化をうながすきっかけとなった。ウイルスの感染力やロックダウンの効果をはかる公的な調査を待つまでもなく、政府や中央銀行スマホのデータ、ネット上での決済、リアルタイムの空輸データなどを追跡するという、実験的な試みに乗り出している」

たしかに、同誌が並べる「即時経済」「リアルタイム革命」についての現象は興味深いものだ。日本においても、スマホのデータやグーグルのデータが、コロナ対策に大きな影響を与えていることは明らかであり、また、この混乱のさなかに、経済政策を繰り出した政府や日銀が、そうしたデータを無視することなどありえない。

しかし、ちょっと変だと思うところもある。そんなに大きな革命が起こっているなら、なぜ世界のコロナ対策は、いまも後手後手になっているのだろうか。どうして、バシッとコロナウイルスの感染を断つことができないのだろうか。日本でもコロナ感染が始まったころは、さまざまなビッグデータを用いた分析がネット上をにぎわしたが、ここにきて、なんとなく低調に見えるのは私の思い過ごしだろうか。

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ビッグデータを使えばコロナ禍は終わる?


以前、ビッグデータのブームが起こって、グーグルのチームがアメリカのインフルエンザ感染の拡大方向を予測したと発表したことがあった。これはすごいことになったかと疑い深い私ですら少しだけ思った。しかし、しばらくして明らかになったのは、当時のデータ処理のレベルでは、予測したというよりも、偶然に予測したように見えるといったほうが正しいという指摘が出てきて、専門家たちも「まだまだ、改良の余地がある」とコメントしたものだった。さらには、それは精度のレベルの問題だけでなく、それまでの疫学的な研究を十分に取り入れたものでなかったのが大きいともいわれた。

今回の政府や中央銀行、さらには保健行政当局のビッグデータ活用についても、残念ながらまだ、そうしたレベルを完全に脱却したとはいえないのではないか、という疑いがぬぐえない。それは他でもない、この新しい資本主義を報じているジ・エコノミスト自身が、うまくいった例を挙げるとともに、どうもうまくいってないと思われるケースも挙げていることでも分かる。

それにもう少し身近なことをいえば、たとえば日本の物流だが、クロネコヤマトなどは一時、「いつでもどこでも」といってよいくらいにサービスが向上して、私も大いに利用させてもらった。しかし、実は、それは配送する人たちの過酷な労働によって、ようやく維持されていたものだったことが明らかになった。

それはセブン・イレブンでも同じことで、データを駆使して喜ばれる商品を並べ、24時間開店してくれているというのは、私のような人間にはまことにありがたいものだった。しかし、それもやはり私生活をかなり犠牲にして、なんとか維持していたオーナーたちがいた、ということなのである。

ということは、たとえアイデアに魅力があり、経済学者たちがデータ処理を精密にできるようになっても、現実の世界では労働する人間という壁が、依然として存在しているということを意味している。いや、それどころか、データが多くても役に立つかどうかは分からないのだ。したがって、ジ・エコノミストの結論部分も、かなり暗く、あるいは常識的で地味なものとなっている。

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パノプティコン経済を誰が望んでいるのだろうか

 

経済の不確実性に注目して、資本主義から不確実性をある程度除去することを考えたのがケインズだった。ただし、彼の述べた不確実性とは突発事態であり、戦争や災害がその代表例とされ、ケインズは投資について社会的な視点を導入することを考えた。ケインズより少し早く不確実性に注目したのがフランク・ナイトで、彼は計算できる危険をリスクと呼び、計算できない危険を不確実性と呼ぶことを提案した。そして、不確実性の時代には、情報を集約すること、そのための組織を持つことなどを提案していた。しかし、いずれの場合も解釈しだいでは、不確実性を低減するため、資本主義経済がもっている活動の自由をかなり制限することを認めることになる。


「もっとも大きな危険は傲慢に陥ることである。このパノプティコン経済においては(パノプティコンとはベンサムが考案した監視監獄、上の写真は革命前のキューバでつくられたパノプティコン)、将来を見通すことができ、さらに自分たちの好みや属する集団の都合で、好きなように社会を変えることができるなら、それは政治家や官僚たちにとって大きな誘惑となるだろう。それはまさに、いまの中国の支配者たちの描く夢なのである」

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ちょっと、これでは暗すぎると思うかもしれないが、「暗い現実は明るい未来像が生み出す」というのは、ほとんど歴史法則といってよいものだ。新しい資本主義とか資本主義が変わるとかいう話は、これまでにも山のようにあるが、たいがいは針小棒大な議論や不注意な発想が、悲惨な結果を生み出した。いまの危機がはたして1920年代の危機より大きなものと言えるかは、議論の余地があるだろう。とはいえ、ジ・エコノミスト誌はもうすこし常識的で中庸といってよい指摘で締めくくっている。

「実際には、どんな多くのデータがあっても、未来を透視することはできない。ここで述べた即時経済は、千里眼を備えてもいなければ、全能でもない。それは、ありふれたものであり、しかも、ゆっくりと進展する。つまりは、政策決定において、より良くなり、タイムリーになり、より合理的になるということである」