HatsugenToday

東谷暁による「事件」に対する解釈論

トランプ大統領は有罪なのか;扇動をめぐる米国の論争をよむ

トランプ大統領は「有罪」なのか、それとも「無罪」なのか。1月13日、アメリカ下院の弾劾訴追が成立して、上院に送られてはいるものの、もう時間的にトランプの在任中の弾劾裁判は無理で、バイデンが大統領に就任した後になるという。それでもなお、アメリカでは自国の大統領が「暴動」を「扇動」したのかを巡って、多くの議論が展開している。

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英国だからといって中立とは限らないが、BBCニュースの「議会暴動:トランプの集会での発言は暴力を扇動したのか」をみてみよう。この記事が登場したのは13日だが、翌日には日本でも翻訳されて「トランプ氏の発言が暴力を扇動したのか」のタイトルで読めるようになっている。ここではこの記事に従って状況を簡単に説明して、引用されているボルチモア大学のギャレット・エプス教授の判断から、まず読んでみよう。

 ホワイトハウスの近くで、トランプ支持者による「アメリカを救え」との集会が開かれたのは1月6日。数千人が参加して、檀上に立ったトランプの言葉に聞き入ったという。トランプは70分にわたって演説し、参加者にたいして議会に向かって行進するように呼び掛けた。議会ではジョー・バイデンの大統領選勝利の認定が行われており、バイデンに対して拍手が起こった直後、今回の襲撃が起こった。

トランプの演説のなかで、「扇動」したとされる発言には次のようなものがある。「私たちは今回の選挙で勝った。しかも大勝利だった」「私たちは選挙を盗むことをやめさせる」「死に物狂いで戦わなければ、国家を失ってしまう」「ここにいる全員が、まもなく議事堂に向かって行進し、平和的かつ愛国的にそれぞれの意見を表明することだろう」

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笑ってしまうのは、ここまで言っておきながら、トランプ自身はいっしょに議事堂に向かって行進しなかったことだ。あとで触れるが、これまで革命やクーデターを起こした政治指導者は、決定的となる威嚇行進において、たいがいは先頭に立って行進あるいは進軍したものだが、この「扇動者」はなかなか見上げたものというしかない。

 さて、エプス教授のこうした演説と行進におけるトランプ発言の分析は、次のようなものだ。まず、アメリ憲法修正第1条では、扇動とは一定の条件を満たさなくてはならないのだが、その条件とは、暴力を引き起こそうとする意図があり、暴力行使の蓋然性が高くなくてはならない。単に、仲間に「この銀行を襲ってやろうぜ」と言っても、それがすなわち扇動ということにはならない。

 「暴動の要件を満たすには、その発言は暴力を直接示す内容で、切迫した暴力行為を起こす可能性が高くなくてはならない」。ということなので、トランプの演説の場合には、「かなりきわどい判断になる」というのである。つまり、有罪になるか無罪になるか、かなり微妙だけれど、教授自身としては有罪といいたげである。

 まず、「議事堂へ行こう」「自分も一緒に行進する」(実際には一緒に行進しなかったが)と発言しているので「すさまじく切迫していることは間違いない」。また、「戦い」とか「力を示さなくてはならない」と言っているので扇動の条件を満たしているようだが、そのいっぽうで、「平和的」とか「愛国的」とか述べているのは「自分を守る予防線をはっている」。

 次が、エプス教授の判断の締めくくりの部分。「政府首脳には免罪の余地があるという意見もあるが、それがどうなるのか分からない。暴力を働く準備も心構えもある者たちが、目の前の群衆の中にいることは、トランプも分かっていたし、まったく暴力を制止しようはしていない」。最後まで断言することはないが、やはりトランプは裁かれて当然というニュアンスは表明されている。

 トランプは扇動したという意見は、議会突入があった翌日にはいくつも表明されている。その典型的なものがワシントン・ポスト紙に投稿されたコラムニストのマックス・ブートによる「トランプは扇動の罪で有罪だ。彼を再び弾劾せよ」というもので、「議会占拠は暴力的で違法な行為であり」、それは「トランプによって指導されていたことは明らか」だというわけである。

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逆に、トランプの発言は扇動の罪を構成していないと述べているのが、元コロンビア地区の弁護士でいまは政府のグローバルメディア関連の部署に勤めるジェフリー・シャピロの「否、トランプは扇動の罪を犯していない」でウォール・ストリート紙1月10日に投稿された。これも典型的なトランプ弁護で、先ほどのBBCの記事にあったような、扇動の要件が成立していないと主張するものだ。

 「大統領を批判する人たちは、怒れるアメリカ人を燃え立たせたことをもって有罪にしようとしている。しかし、こうした演説はどんな罪状の要件をも満たしていない。したがって、議会のメンバーが支持し防衛すべきアメリ憲法によって、トランプ大統領の発言は守られなくてはならない」

 これは裁判をやってみないと分からないところがあり、これからの政治の成り行きにも大きく左右されることになるだろう。そもそも、前大統領を弾劾することが可能なのだろうか。では、トランプの行為がアメリ憲法に根拠を持つかという問題については、すでにこのブログで述べた(「議会選挙の人民を米国は裁けるのか;その正当性と民主主義を根本から考える」)。

繰り返すが、アメリカ政府がすでに人民の求めるものではないなら、独立宣言にある「抵抗権」によって今の政府を廃止して作りなおすことは、この国の憲法制度上は不当ではない。また、憲法の修正条項によって武装すらも正当化されるだろう。事実、FBIは全米各地で武装したグループに動きがあると警告している。ただし、それらの言動が正当とされるのは、革命あるいはクーデターが成功したときである。

 革命とクーデターの違いは、いちおうモーリス・デュベルジェに従っておくと、まったく体制を変えてしまうのが革命で、体制はそのままにして政府だけを取り換えるのがクーデターだということになる。トランプとその支持者たちは、アメリカ独立宣言や憲法を全否定してかかるというわけではなさそうなので、彼らはクーデターを目指しているらしい。

 そうなると、彼らは今後、合法的な政治活動で勢力を拡大するが、チャンスがあれば暴力を行使して政権を奪取することもいとわないという、過激派政治団体の道を歩むことになる。それでも、彼らの主観においてはアメリ憲法体制の本当の実現を目指していることになるが、そうした運動をいまのアメリカは是認できるのだろうか。そしてまた、そんな危険な政治団体を内包しつつ、これからコロナ禍や中国の台頭に対処することが可能なのだろうか。

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こう考えていくと、アメリカの政治、経済、法曹のエスタブリッシュメントは、民主党であれ共和党であれ、今後はトランプの言動を何らかの形で封じ込めることを必要としている。トランプ自身を有罪にしないまでも、議事堂占拠事件に対しては情状酌量とはいかない。おそらくは、いったんは民主党共和党の政治取引という、ありふれたところに落としていくのではないだろうか。

 ただし、それが成功するかどうかは分からない。なぜなら、トランプという異形の大統領を生み出したのは、彼自身や支持団体ではないからだ。それは、いまのアメリカという、格差が巨大にになり、人種間での分断が進み、コロナ禍のなかでも富裕層がさらに蓄財する、独立宣言や憲法が謳った理想像からは大きく逸脱した社会なのである。