イスラエルのネタニヤフ首相は、いまイランへの報復プランを画策するのに忙しい。ちゃんと米バイデン大統領にも相談しているようだが、決断するのはネタニヤフで、バイデンはまたしても欺かれると予想されている。ネタニヤフが狙うのはイランの油田なのか、それとも核開発の施設なのか。いずれにせよ、いま絶頂にあるネタニヤフはアメリカに遠慮せずに決めても問題ないと思っているようだ。
次は報復か? いやイラン政権の打倒、大イスラエルの建設だ
英経済紙フィナンシャルタイムズ10月5日付は「いかにしてネタニヤフはバイデンを出し抜くか」を掲載している。この記事を一言でいえば、これまでイスラエルのネタニヤフ首相は、何人ものアメリカ大統領および米有力政治家を欺き翻弄してきたということである。その方法は「エスカレーション優位」と言われるもので、イスラエルが独断で紛争に踏み込んでしまい、アメリカが是認せざるをえない状況に追い込むわけである。なかでもバイデンはそのエスカレーション優位にはまった最たる大統領だということになる。
「昨年10月7日のハマスによる奇襲によって生まれた危機に瀕しながら、イスラエルのインチキ奇術師といわれたネタニヤフは生き延びて、いまや絶頂に達している。最新のイスラエル世論調査によれば、もし今の時点で選挙が行われれば、ネタニヤフのリクード党が最大の政党となることは間違いないといわれる」
ft.comより:ハリスも欺かれる大統領になるのか
イランに対するネタニヤフの姿勢もきわめてアクティブで、先日の約180発のミサイル攻撃にたいしても、単なる報復をしようという姿勢ではなく、これを機にイラン政権を打倒しようという可能性まで模索している。ネタニヤフは今週初めにイラン人を「ペルシャ人」と呼んで演説した。「イランが最終的に自由化されたとき、そしてそれは人びとが考えているよりずっと早く来ると思われ、すべては変わることになる。われわれ古代民族、ユダヤ人とペルシャ人は、ついに平和を得られるだろう」。
いっぽう、先週末には、トランプ大統領の娘婿で、同政権では中東問題を担当していたジャレド・クシュナーは、アメリカ政府に対して、イランにおけるイスラエルの政権転覆の試みを支持するように呼び掛けた。クシュナーは「イランはいまや完全に無防備状態だ」とソーシャル・メディアに書いている。「イスラエルが生み出した、中東の脅威を中和する機会を、最大限利用しないのは無責任だろう」。
こうしたネタニヤフ自身とアメリカの支援者の発言を聞いていれば、まるで中東におけるイスラエルの勝利を祝うお祭り気分もたけなわといった感じだが、これはちょっとはしゃぎすぎと見たほうがよい。同紙もこうしたイスラエルとその周辺の戦勝気分を紹介しながら、次のように指摘している。「しかし、イスラエルのより控えめな行動ですら、かなりのリスクを伴うだろう」。
バイデン政権の前地域特使をつとめ、また、オバマ政権で国務省近東局の責任者だったジェフリー・フェルトマンは、今後数週間でネタニヤフ首相がさらなるサプライズを起こすことは間違いないだろうと警告している。「いまやイスラエルの戦術的目標、戦略的目標、イスラエル国内の世論、そしてネタニヤフ首相の政治的生き残り作戦など、すべての方向性が一致しているからです」。
欺かれ続けたバイデン大統領。中東では失態続きだった
ワシントンの民主党の一部では、バイデンがネタニヤフを抑えられなかったことについて疑問が生まれている。特に接戦となっている大統領選において、ハリスの票に悪影響を与えないか不安が高まっているようだ。彼らは世界を指導しているはずのアメリカの大統領が、格別の支援を行ってきた小国家の指導者に篭絡され、挙句のはてに新たな中東戦争に引きずり込まれてはたまらないと考えている。しかし、その逆もあるかもしれない。ここらでネタニヤフがさらに成功をすれば、イスラエルの戦争を自衛として支持してきたハリスも有利になるかもしれない。
そもそもバイデンは、アフガニスタンおよび中東地域の泥沼からアメリカを解放するとの触れ込みで、政権の座についた大統領だった。オバマ政権ができなかった中東からインド太平洋に外交の軸足移動を実現し、中国の挑戦に十分に応えられる態勢を作ることが、彼の売物だったのだ。ところが、いまの現実はまったく異なり、中東においてはさらに深く危険な沼地あるいは蟻地獄に引きずり込まれようとしている。
「バイデンは昨年の10月7日以降、2つの目標を掲げて中東政策を行ってきた。その1が『二国間解決』によってイスラエルとパレスチナとの平和な将来を拓くこと。その2が、同地域の戦争拡大を阻止することだった。しかし、その1はほとんど死んだも同然であり、その2もこのままでは完全な失敗に終わるだろう。そして、この混乱が大統領選挙にまで続くならば、バイデン政権は外交および内政において失態続きだったということになる」
イランのミサイルでイスラエル南部の町にあいた穴
最後に、いま想定されているイスラエルによる約180発のミサイルに対する「報復」について触れておこう。このフィナンシャル紙の記事が触れているのは、前出のようにイランの油田への攻撃だが、これについてはバイデンが木曜日にネタニヤフと協議していることを認めたという。バイデンは「いずれにせよ、それはちょっとな……」と言葉を濁したらしい。石油価格が高騰すると他の政策にも大きな影響がでるからだろう。
独紙フランクフルター・アルゲマイネ10月3日付の「ネタニヤフは最高の機会を手にしているのか」は、イスラエルはさまざまな選択肢を検討していると報じているが、たとえば、約180発のミサイルを発射したイランの軍事施設を攻撃する案がある。これはテレビではバイデンも言及していた気がする。「しかし、何より注目されているのがイランの核施設への攻撃だろう」。同記事ではイスラエルのナフタリ・ベネット元首相が「いまイスラエルには、中東の構図を変える50年来で最大のチャンスがある」との発言をしている。
「いずれにせよ、これらはすべてアメリカの助けを得て行われることになる。大統領選挙の直前になれば、バイデン大統領とハマス副大統領は、イスラエルによるイランへの大掛かりな攻撃を望まないわけがない。そして、その攻撃は地域戦争を引き起こすだろうが、そのときに彼らはイスラエルの側に立って、自衛の権利をを強調すること以外に何もやることはないのである」