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東谷暁による「事件」に対する解釈論

それでもトランプは再選するのか?;逆転できる理由を3つ考えてみよう

トランプ大統領がホワイト・ハウスに帰還してから、次々と選挙戦に復帰するため積極的に行動している。英紙ザ・タイムズは「自らの健康を選挙戦への復帰のためのギャンブルに賭けている」と、やや呆れ顔の記事を掲載している。しかし、そんなことはトランプが病院を無理やり抜け出したときに分かっていたことだ。

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 「主治医が大統領のコロナ治療を完了したと宣言してからというもの、トランプは選挙戦に迅速に復帰するため、彼の大統領再選の希望と自らの健康を、ギャンブルに差し出している。……彼はまだコロナ検査で陰性になっていないにもかかわらず、自分の健康を証明し世論調査の数値下落を食い止めるため、なりふり構わぬ努力を続けているのだ」(ザ・タイムズ10月10日付)

 トランプは保守派のラッシュ・リムボウのラジオトークショウに出演して、「私たちはコロナを治療する方法を確保した」と宣言し、リジェネロン社の試験的な人工抗体(入院中にトランプに投与された)について語り、それがこれからアメリカに普及することになると述べた。

 また、フォックスニュースに医療評論家のマルク・シーゲルと登場して、「私は土曜日の夜にはフロリダの選挙戦に出かけ、とってかえして次の日の夜にはペンシルベニアで選挙民に訴えるつもりだ」とぶち上げた。「私はリジェネロン社の新薬を投与された。それは驚異的なものだった」と言うのも忘れなかった。

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The Timesの記事より

こうした矢継ぎ早の選挙戦に向けての言動は、周囲とよく相談して決められたものではなかったらしい。たとえば、ホワイト・ハウスの報道官ケイ二―・マケナニーは「兵站的には、ちょっとタフですね。我々としては、ドクターからゴーサインが出たら、大統領の行きたいところについていけるよう努めるだけです」などと答えている。

 トランプはマスクを外してしまっているので、その点、サポートする人たちも大変なようだ。たとえば、チーフスタッフのマーク・ミドーや娘婿で補佐官のジャレド・クシュナーなどは、本格的なサージカルマスクをかけて、さらにゴーグルも着用していると伝えられている。ザ・タイムズはホワイト・ハウスの「危険地帯」を図解している。

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The Times:トランプの隔離ゾーン

 

 トランプの発言はコロナに感染する以前より、さらに過激になっている。そのなかでも、あまりにひどいとされたのは、民主党の下院リーダーであるナンシー・ペロシとバイデン大統領候補にたいする口汚い揶揄だった。「クレイジーナンシー・ペロシは、ジョー・バイデンとカマラ・ハリスを取り替えようとしている。なぜなら、バイデンはボケているからな」。

 ここまでやっても、大統領候補支持率の世論調査では、これといった魅力のないバイデンにさらに水をあけられている。多くの調査では9%から10%くらい後れをとった。CNNの10月7日の調査では、なんと16ポイント(パーセント)も差をつけられた。ただし、驚くべきは、ここまで来ても、トランプは41%の支持を確保していることだろう。バイデンが提示する政策に際立ったものがないことにも助けられているが、このトランプの「岩盤」にはやはり驚くべきものがある。

 これほどの「貯金」があれば、もう少し使い方を考えることもできたかもしれない。コロナに感染しても、「復活」できたことをもう少し謙虚な姿勢を示しながら強調すれば、アメリカ国民の心を掴んだのではないだろうか。トランプの大胆さというのが、所詮は不良時代にストリートファイトで身に着けた「引いたら負け」に過ぎなかったので、今回もただ単にマッチョを強調するものにしかならなかったのかもしれない。

経済誌ジ・エコノミスト10月10日号は、CNNの世論調査の結果を取り上げながら、「トランプ優勢といわれた激戦地のペンシルバニアですら、バイデンに7ポイントの後れをとっている」と指摘し、与党共和党支持者の中ですでにトランプ離れが始まっていると分析している。

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同誌には調査会社ユーガブに同誌が依頼した調査が掲載されている。これは共和党支持者を「トランプの感染について知らなかった」「ちょっとは知っていた」「十分に知っていた」の3つのグループに分けて「トランプのコロナ対策を評価するか」聞いてみたもので、「知らなかった」がほぼ100%の支持だったのに対し、「ちょっとは」は92%、「十分に」は85%という結果が出たという。

 しかし、これにしてもトランプへの強い支持を示すものと言えないものではない。コロナ感染を十分知っていても85%が支持しているのだ。大統領選の世論調査による予測は、過去の例ではかなりの確度があったわけで、調べれば調べるほど、前回の大統領選で起こった逆転がいかに希なことであるかが分かる。今回も世界のマスコミはバイデン勝利を予測しながら、断言的に報道しないのは、前回のトラウマがあるからだろう。

それでもなおかつ、トランプが大逆的を果たすのは、次の3つの理由で難しいとジ・エコノミストは述べている。

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The Economist より

 

第1の理由が、やはりトランプの健康問題である。74歳でただでさえ危ぶまれていたのに、コロナに感染して以降、ほんとうに激務に耐えられるのかという疑念は大きい。第2の理由は、選挙戦を共に戦ってきた周囲のスタッフの健康問題。これまで選挙戦を成り立たせていたスタッフが次々と感染していることで、戦力の劣化は避けられないというわけである。

 第3の理由が、アメリカの経済がひどい状態になっていること。この経済における悲惨さは、トランプがコロナを甘く見たせいであり、たとえば、マスクの奨励を怠ったことに見られるように、やっておけばかなり防げた経済への打撃も、トランプから支持者が去っていく原因となるというのである。

 ジ・エコノミスト誌はやや結論を急いでいるような気がするが、逆に、トランプが当選する理由を3つほど考えてみようとすれば、やはり、トランプの再選は難しくなっているといえるかもしれない。それでも、奇妙な41%の支持率と前回の大逆転は忘れることができない。コロナ禍がなければバイデンが勝てない3つの理由を考えるのは簡単だろう。いま、トランプが再選できる3つの理由は、ちょっとした思考ゲームとして、読者の方々それぞれに考えていただくことにしたい。