イーロン・マスクがCEOを務める電気自動車会社テスラの株価下落が激しい。ツイッターを買収するために保有株を大量に売ったためとされるが、もう、それだけでは説明がつかない。しかも、マスクには他にも多くのトラブルが襲い始めていて、そのなかには訴訟問題も含まれている。まず、テスラに何が起こったのかから振り返ってみよう。
ほんの1年前には、テスラの市場価格は1兆2000億年を超えていた。これは他のすべての自動車メーカーの総計より多い。ところが、いまやその72%が失われてしまったのである。これほどの下落は、いま同じようにハイテクブームの終わりを受けて株価が下落している、巨大ハイテク企業のなかでも群を抜いている。これほどの下落を誘ったのは、ツイッターを買収するために、マスクがテスラ株を大量に手放したからだといわれるが、それは36億ドルにすぎす、これは買収のため借りた資金の単なる利子分だという。
例によって英経済誌ジ・エコノミストは1月4日号が、テスラ株価下落をあれこれ分析あるいは詮索している。タイトルが「投資家たちはテスラを自動車メーカーとして考え、ハイテク会社ではないと思うようになった」という何とも理屈っぽいものだが、まあ、そういうことなのだろう。昨年内にテスラの株を400億ドル売ったが、同誌によると株価下落に関係しているのは、おそらく2000憶ドル以上に達すると同誌は指摘している。
同誌のロジックによれば、たしかにツイッター買収騒動が大きかった。なかでもテスラ株を大量に手放したのは、同社の株価を下落させた。しかし、それだけではこれほどのテスラ株の暴落が起こるわけがない。それが起こったのは、投資家たちがもはやテスラに対する見方を変えてしまった(つまり、巨大ハイテク企業ではなく、トヨタなどと同じ自動車メーカーだと認識した)からなのだというわけである。
実は、ビジネス史を振り返れば、こうした事態は珍しくない。たとえば、2000年のITバブル崩壊では、IT企業の代表とされていたエンロンが、スキャンダルをきっかけに株価が暴落して崩壊した。エンロンはITや金融工学を駆使していたが、その内実はエネルギーの売買でのし上がった企業であり、このときも見かけはIT企業なのだが、やっていることは、政治家と結託してエネルギー市場の規制緩和を推進して、その甘い汁をすっていたに過ぎなかった。
この時期にはGEのような家電メーカーで出発した企業も、IT企業であるかのように振舞っていた。2000年に経済誌フォーチュンが計算してみると、利益の50%超をノンバンク部門で稼いでいたので、企業ランキングのフォーチュン500では、GEをノンバンクに分類することにした。ところが、当時のGEのCEOジャック・ウェルチが、この分類を聞きつけて抗議の電話を入れてきた。いま、ノンバンクにされるとIT企業のイメージが崩れて、株価が下落してしまうというのだ。フォーチュンの編集長は編集権への侵害だとしてウェルチの言い分を蹴っ飛ばし、GEの株価は下落していった。
ジ・エコノミストが「この会社はただの自動車会社です」と煽っても、マスクは反論していないようだが、それはまだ多くの人が幻想(テスラ=未来を開く巨大ハイテク企業)を見つづけているからだと思われる。しかし、別にテスラが他の巨大ハイテクのように、AIやネットそのものを製造あるいは提供しているわけではない。AIやネットを製造管理や広告に使っているかもしれないが、それはあくまでユーザーとしてである。したがって、こうしたテスラのイメージの急激な変化が、同社株価の下落を招いているというのはほぼ妥当だと思われる。
しかも、テスラのCEOであるイーロン・マスクは、いつの間にかツイッターにどっぷりと漬かってしまい、しかもどうやら苦戦が続いている。これはテスラの株価が下落する充分な理由になる。また、経済紙フィナンシャルタイムズ1月4日付は、マスクがサウジアラビア公共投資ファンドと、テスラの株式売買をめぐって裁判沙汰を続ける意向を示したことを報じている。さらに、米政治紙ポリティコ1月3日号は、ツイッターの「言論の自由」をめぐって、米議会が強く反発していることを報じている。そして、これも大きなファクターだが、中国での電気自動車製造が不可能になっている。
さまざまな問題が起こっている企業の株式というのは、空売り専門で勝負するならともかく、安定した投資には嫌われるに決まっている。そこで投資家たちが正気に戻って、この企業はいったい何をしているんだろうと再検討したところ、「なんだ、他の自動車メーカーと、あんまり違わないじゃないか」と思い始めたということである。ただし、腐りかけてもタイはタイで、ジ・エコノミストは最後に「この企業の市場価値は3400億ドルであり、それは同業他社の上位3位までの合計に匹敵する」と断っている。