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東谷暁による「事件」に対する解釈論

日本製鉄のUSスチール買収からバイデンは手を引け!;いまから引き返せばスチールを腐食させるだけだ

日本製鉄によるUSスチール買収をバイデン大統領が阻止するという問題は、いま、凍結させられたような状態になっている。ただし、そのやり方がいかにもご都合主義的で政治的なのである。しかも、大統領がいますぐに阻止することはないし、ハリスとトランプの大統領選挙が終わるまで最終的な判断は控えるが、大統領は依然として買収に反対していると、米政府高官は言い添えている。これでは阻止すると言っているようなものではないのか。

フォーリン・ポリシーより:「われわれは日本製鉄の投資を望んでいる」USスチールの労働者


このアメリカ政府高官の話を載せたのは、米紙ワシントン・ポスト9月13日付だった。タイトルは「ホワイトハウスの高官、USスチール買収決定の延期を示唆」というものだが、このタイトル自体がおかしなもので、なんでそんなことが自分たちだけで決定できるというのだろうか。もちろん、安全保障にかかわるようなアメリカ企業の他国企業による買収については、対米外国投資委員会(CFIUS)が審議して勧告することになっている。しかし、その勧告だってまだ出ていないのだ。

ホワイトハウスは先週(9月4日)、大統領が国家安全保障上の理由で、日本企業によるUSスチールの買収案(149億ドル)を正式に阻止する準備をしていると述べていた。ところが、この案に対する疑問が出てきたこともあり、ホワイトハウスの高官たち(3人だという)は、そうした決定はすぐには行われる見通しはなく、2024年の大統領選が終わるまではないと思われると、匿名を条件に述べている」


こういうのは政府と民主党系メディアの「やらせ」に近いといってもよい。バイデン政権は選挙の決め手となる激戦州で有利な戦いを展開したい。とくにUSスチールの本社が建っているピッツバーグを擁するペンシルベニア州で。組織労働者、特に全米鉄鋼労働組合(USW)の支持を失いたくないのである。ただ、ただ、そのことが政府の念頭にあり、そしてまたこのメディアのほうにも、ただ、ただ、ハリスに勝たせたいだけなのだ。

しかし、まだCFIUSの勧告すら出ていない段階で、ハリス候補の民主党政権が、USWが主張している日本製鉄によるUSスチール買収を露骨に阻止すれば反発が大きい。ルール違反とすら言われかねない。そのいっぽうで、そうはいっても激戦区の票を失うわけにはいかないので、民主党はもちろんいまもこれからも買収に反対で、選挙が勝利に終わればCFIUSに勧告を出させて阻止すると言明しているだけのことなのだ。


そもそも、なぜ日本製鉄がUSスチールの買収を試みようとしているのかといえば、USスチールはこのままだとピッツバーグ工場と本社の維持が不可能になり、雇用者を大幅に削減するだけでなく、金城湯池であるこの土地から本社も工場も移転させないとやっていけなくなっているからだ。もちろん、日本製鉄でなくとも買収したい企業はある。しかし、それが中国系ではもちろんだめで、さらに、いまの窮状を解消できる能力のある買い手でなければならない。

日本製鉄は膨大な新規投資ができると公表しており、さらに金額を上乗せしている。解雇も一切しないとまで言い切っている。もちろん、USスチールの経営陣は渡りに船で、子会社化はされても有能な経営陣がばらばらと首になるわけではない。さらに、USスチールの労働者のなかには、USWに属していない人たちもいて、彼らは逆に「日本製鉄による買収を支持」というプラカードを掲げて行進しているほどなのである。そこまで追い詰められているので、いまのUSWにとっては、もう政府とメディアに何かをやってもらうしかない。


もちろん、少しだけ触れたが、最大の脅威は日本の製鉄業ではなくて中国の製鉄業である。その点は日本の製鉄産業も同じだから、もし、共闘することを考えるならば、日米が組むしかないことも分かっている。世界の製鉄産業をリードしていた時代を知っているアメリカ人やUSスチールに愛着のある人たちにとっては、日本の企業に買収されることは耐えられないかもしれない。

しかし、そんなことをいうなら、アメリカの投資会社がバブル崩壊に付け込んで買い占めていった、日本の不動産や金融機関や製造業はどうなるのだ。それをいっさい御破算にして、返却してくれるとでもいうのだろうか。日本としてはアジアの企業に家電メーカーが買収されるのだってくやしかったのだ。ましてや、単なる投機的な行為に転がされている、かつての日本名門企業を、政府が介入して何とかして欲しいくらいだ。

フィナンシャルタイムズより:日本製鉄によるUSスチール買収に賛成するデモ


いまのアメリカがどれほど追い詰められているか、少なくとも、かつての政治、経済、軍事における並ぶ者のない圧倒的な勢力であった時代がどこまで過去のものになっているのかを、このUSスチール買収問題が象徴していることは間違いない。だからそれは、日本の企業が買わなくても、どこか外国の企業が買収する可能性は高いし、しかも、そのさいは日本製鉄よりずっと悪い条件になることは明らかなのだ。残るのはアメリカ政府が資金を出すことだが、お金は出ても技術やノウハウは伴わないから、はるかに低い効果しかないはずである。まず、何をあきらめるかを決めなくてはならない。