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東谷暁による「事件」に対する解釈論

中国も長期停滞に陥りつつある?;「ピーク・チャイナ」論の憂鬱な予想

中国の経済的繁栄はピークを過ぎたのではないのか? それはゼロコロナを脱却して経済が急速に復活すると楽観したことの反動かもしれない。しかし、中国の経済成長予測は以前よりずっと控えめなものとなり、なかには成長の低下が始まるとする説すら現れている。20年前には脅威から目をそらすため、日本では盛んに中国衰退論が唱えられたが、今度の「ピーク・チャイナ」論は根拠が提示されているだけに真剣に検討する必要がある。


ひとつのきっかけは、いうまでもなくコロナ禍への対策が失敗に終わり、そこからの脱出が必ずしもうまくいっていないからだ。もうひとつが、そうした中国の危機を背景に、ハル・ブランドとマイケル・バークレーの「ピーク・チャイナ」説が現実味をもっているからだと、英経済誌ジ・エコノミスト5月11日号が指摘している。この説によれば、中国では衰退を克服できなくなり、その結果として台湾侵攻へと雪崩れ込む危険があるという。

こうした「ピーク・チャイナ」の根拠となっているのは、中国の人口動態が急速に少子化時代の悪影響を拡大していることだ。経済の回復に有効なのは労働力の投入であるのに、いまの中国では、労働人口が急激に減少しているためにそれができない。それはこれから労働生産性を上げられなくなることを意味し、しかも同時に進行していく高齢化のために、ケアに労働力を取られてしまうという事態も大きいという。


また、これまでは住宅、道路、鉄道などインフラ投資が大きなリターンを生み出してきたが、これからはインフラ投資をしても思ったようなリターンが得られなくなる収穫逓減の傾向が強くなっていくと予想されている。特に地方では、起業家の活動が鈍る傾向が生まれており、長期でみると中国のイノベーションは低下していく危険が大きくなっている。こうした停滞を克服しようとするさい、戦争に訴えるというケースは歴史的にみて珍しくなく、中国の場合には、台湾侵攻がますますスケジュールに入りやすくなるというのである。

The Economistより;中国経済の未来は次第に暗くなっている


さまざまな経済研究機関も、中国のこれまでのような急速な経済成長には疑問を呈するようになっている。たとえば、ゴールドマン・サックスは12年前には2026年までにアメリカを追い越し、2050年ころには50%以上の差をつけるとしていたが、昨年の予想ではアメリカを追い越すのは2035年までかかり、15%くらいの差で終わるのではないかとみている。


これまでも、中国は「このまま成長はできない」との説は繰り返し唱えられたが、日本でのこの種の議論は根拠がはっきりしないものが多く、また、安易な「中国崩壊」論に終始する傾向もあった。私は20年くらい前に、こうした中国崩壊論はどのレベルが「崩壊」するのか明確でないものが多いと指摘して、安易な中国進出を食い止めるつもりの議論が、何の根拠もない愚論とされて、かえって危険だと述べたことがある。

たとえば、中国の経済成長がバブル崩壊などで一時的に停滞するケース、経済崩壊が大きいために政治的にも危機を迎えて共産党内の再編が起こるケース、共産党じたいが崩壊して別の政治体制に移行するケース、さらには中国文明論で指摘されているような、中国文明が崩壊するケースなどが考えられるが、当時の中国崩壊論ではそれらがごっちゃに論じられていて「中国恐れるに足らず」といった気分的なものに終わっていた。


最後の中国文明崩壊論は、正確には中国王朝サイクル説というべきだが、新しい王朝は最初の50年くらいでピークを迎えてしまい、あとはずるずると150年くらい引きずったあげく、外敵に侵入されるか、新興宗教の激しい運動によって崩壊するというもので、この繰り返しが中国文明なのだというわけである。これは経済のサイクルなどと比べて何倍もの長さだから、予測自体が難しいから結果論か単なる願望になりやすい。

しかし、いま中国が直面している人口動態からくる経済の「長期停滞」は、実は、世界的な長期停滞と共通していることも思い出しておいたほうがいい。これは需要を維持するのに失敗して、金利を極限まで下げながらも、生産が低迷し続けるもので、先進国もごく最近まで同じだった。こうした視点からの長期停滞論はラリー・サマーズなどが代表的だ。中国の長期停滞は急激で極端なものになる危険がより大きいが、先進諸国はいまの一時的なインフレが終われば、長期的には似たような状況に戻るとの予想も、オリヴィエ・ブランシャールなどから出されている。