8月24日から、香港大学の研究者たちが、いちど新型コロナウイルスに感染して治癒した人が、4カ月半ほどで再び感染した例を発見したと発表して、話題になっている。この現象が頻度の高いものであるなら、新型コロナに対する集団免疫が生じない可能性があるだけでなく、いま競って開発されているワクチンが無意味になってしまうというわけだ。
2度感染した患者はIT業界で働く33歳の男性で、3月に2週間ほど治療を受け、陰性となって退院した。その後、8月6日から英国とスペインを旅行して、香港に帰ったさいに空港で検査を受けたところ、陽性反応が出たというのである。
すでに21日には退院しているというが、1度目と2度目ではウイルスの遺伝子配列が「明らかに異なっており」、また「2度目は無症状」だったという。香港大学の研究チームは、こうしたケースが発見されたのは「世界で初めて」であり、1度目で免疫ができても普通の風邪のように再び感染する恐れがあり、感染した人もマスク着用が必要だと述べている。
以上が日本で報道された、だいたいの内容だが、この「発見」の意味については、欧米のジャーナリズムが、ウイルスや免疫学の専門家たちに取材して、さまざまな意見を引き出している。これがかなりバリエーションがあるので、ここではおおざっぱに紹介しておきたい。
まず、このケースを発見した研究グループの見解について補足しておくと、8月24日付の『サイエンス』の取材に応じて、メンバーの1人ケルヴィン・トゥが、この発見が意味することを2つに集約して語っている。
ひとつは、「集団免疫がコロナウイルスを絶滅することは、ありないように思える」ということで、免疫ができても数カ月で再び感染するなら、1年の間に何度も感染する普通の風邪と同じことになってしまい、いわゆる「集団免疫の壁」でコロナに勝つということは無理ということになる。
ふたつめが、「コロナワクチンができても、コロナウイルスへの長期予防を実現することは不可能だということ」であり、いま、世界が必死になって開発競争を繰り広げているコロナワクチン開発は、ほとんど無意味になってしまうわけである。
いずれも、世界初の発見というのに、ネガティブな結論になってしまっているが、もちろん、この説に対してはポジティブな反応もある。同じく『サイエンス』に登場するオレゴン保健科学大学のウイルス免疫学者マーク・スリフカは、「むしろ、グッドニュース。まったく逆なのです」と言っている。
「たとえ患者が、2度目は1度目と異なる遺伝子配列のコロナウイルスに感染したのだとしても、患者は病気から守られたことは確かであって、これは朗報じゃないですか」。つまり、2度感染したことを強調するよりも、2度目には無症状だったことを重視すべきだというのだ。
きわめて冷静な反応もあった。たとえば、ニューヨークタイムズ紙8月24日付に登場する、イェール大学の免疫学者アキコ・イワサキは、あっさりと「これはいかにして免疫が機能するかの教科書どおりの例といえます」と語っている。
「自然感染は病気を予防する免疫をつくりますが、2回目の感染を予防するわけではないんです。集団免疫を形成するためには、効力のあるワクチンによって、病気と再感染の両方を防ぐ免疫を入れる必要があります」。つまり、ワクチン開発は無意味どころか、この発見は開発をさらに促しているというわけである。
香港大学の研究チームが見つけた例というのは、実は、きわめて希な例にすぎないと指摘する人もいる。BBCニュース電子版8月25日付は、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のブレンダン・ウレンにインタビューしている。ウレンは「これは再感染の非常にめずらしい例だ」と述べている。
「しかし、コロナウイルスのワクチン開発に向けた世界的な努力が、無になってしまうわけではない。新型ウイルスは時間とともに変異すると考えられていますからね」。あまり詳しくは語っていないが、まず、きわめて珍しい例なのだから、必ずしも新型コロナウイルスは免疫ができずに、再感染するのが常態だとは限らないということだろう。
同電子版はウェルカム・サンガー研究所のジェフリー・バレットにも話を聞いている。「これまでの世界的な感染者数を考えれば、再感染が1件確認されたことが珍しくとも、それほど驚くことではない。2回目の感染は、本当に起こったとしても、重症にはならないかもしれない。しかし、他人に感染させる恐れがあったのかは明らかになってない」。
では、そもそも、今回の香港大学のチームが発見した再感染というのは、本当に初めてのケースなのだろうか。ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙8月25日付は、実は、それに近い例として2例が上がっているという。
オランダのウイルス学者マリオン・クープマンズは「免疫が弱くなった高齢者の男性」に再感染が見られたと述べており、また、ベルギーのマルク・ヴァン・ランストによれば「初めに感染してから3カ月後に2回目の感染をした女性がいる」とのことである。
こうしてみると、香港大学のケースが初めてかどうかはともかくとして、数カ月の間に2回目の感染が起こったという「きわめて希なケース」を認めるにしても、そこから先は多くの解釈が待ち構えている。そもそも、香港大学のチームはまだ研究の全貌を公開していないようだ。
少し前にも、スウェーデン政府のコロナ担当者が、コロナの免疫は6カ月持つと発言して話題になった。これは同国内で1度感染した人は再感染していないことからの推測だったが、そのことで同政府のコロナ対策が6カ月持つことを、前提としている可能性が高いことが分かるわけである。
しかし、こうした前提はどれほどの確率で「正しい」とされるのだろうか。また、それはどれほどの「範囲」を考えてのことなのだろうか。そして、それはどれほどの「時間」を念頭においているのだろうか。今回の香港大学グループの発表は、こうした肝心の部分に、ほとんど答えてくれていない。少なくとも、それはこれからの研究しだいということになっている。
コロナワクチンについては、さまざまな情報が飛び交って、何を信じればいいか分からない。もう、ロシアや中国は限定的とはいえ接種が始まっているようだし、アメリカや英国の製薬会社は来年からの供給について、世界中の政府と契約をとるのに余念がない。それなのに、そうしたワクチンの性格や効果についてすらよく分かっていないのだ。たとえば、抗体ができなくともT細胞に記憶されるから効くという話すらも、まだ証明されていない。
ざっといってしまえば、せいぜい、インフルエンザワクチン程度のものと考えておくのが、失望しないですむというていどのものらしい。それはそうだろう、いまのコロナの感染のスピードは、SARSとかMARSとは明らかに異なるウイルスの性格を示唆している。こうしたなか、香港大学のチームが電撃的な発表をして、あれこれコメントすることすら、なにか胡散臭く感じてしまう。
とはいえ、最初から頭のなかで考えた「新説」で、「日本には第2波がこない」とか「日本人はすでに免疫をもっている」とかの劇的な発表をする人たちより、はるかに多くの労力や資金を費やしており、また確度も高いことを語っているのは、まちがいないように思われる。
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