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東谷暁による「事件」に対する解釈論

何がトランプを屈服させたのか?;90日の一時停止が決定された最大の理由

トランプ大統領が関税政策の90日間実施延期を発表したので、世界中の株価が反発している。安心感が広がっていると報じるメディアもあるが、果たして本当に世界はトランプへの信頼を回復しているのだろうか。しかも、見直しの対象はこれまで報復関税を言い出さなかった国だけに適応されるだけで、たとえば日本は24%の課税は見送られたとしても、10%の課税は依然として予定されているのだ。トランプおよびトランプ政権の内部に何が起こったのか、まずその内情を知ってから、これからの見通しを考えてみよう。


トランプ政権内部で何が起こったのかについては、英経済紙フィナンシャルタイムズ4月10日付の「なぜトランプは屈服したのか」が早く、またかなり突っ込んだエピソードを報じている。記事冒頭の「それはジェイミー・ダイモンだったのか、それとも債券市場だったのか」が示唆するようにJPモルガンのCEOが圧力をかけたのか、金融市場の惨状に政権としても耐えられなくなったのかという2つの視点からのレポートだ。

ドナルド・トランプ大統領は、この1週間、市場とのチキンゲーム(ぎりぎりの駆け引き)を繰り返してきた。しかし、4月2日に大々的に宣伝して世界に向けて発動した貿易戦争は、水曜日(9日)までに、経済的にも、財政的にも、そして政治的にも、もはやトランプ大統領にとって持続不可能なものになっていた」


以上の引用部分が同紙のイントロ部分だが、ではこれで今回の貿易戦争は終るのかといえば、もちろんそんなことはない。「少なくとの部分的に譲歩すると言っているだけで、トランプの重要な公約についても、依然として、投資家、議員、寄付者たちから激しい反発を受けやすいことは言うまでもない」。関税を一時的に中止にしたのは、人びとが「少し不安になり始めた」からだとトランプは言ういっぽうで、「人びとが少し行き過ぎた行動に出たと思った」と説明し、関税政策の一時停止は「人びとが騒ぎ過ぎたからだ」とまで言っている。

これらの発言を単に自分の政策に失敗した政治家が、悔し紛れに吐いた言葉だと受け取るのは甘すぎるだろう。まだまだトランプは貿易戦争を続ける気でいて、たとえば、中国のように、アメリカが掛ける割合に相当する報復関税をかけようとしている国に対しては、まったくその政策を変える気はないことも示している。こうした姿勢は世界の国ぐににたいして、また、世界の金融市場にたいしても、いまだに不安と不確実の源泉となる。


さて、では今回の発表とは何なのか。フィナンシャル紙は次のように述べている。「月曜日(4月7日)までに、トランプ大統領は実は状況に適応し始めていた。日本と韓国との貿易交渉を開始し、ウォール街において側近のなかで最も信頼を得ているスコット・ベセント財務長官を、貿易相手国との交渉責任者に任命した」。この間、同紙が注目しているのが、今回の関税政策に大きな影響をもったとされる貿易懐疑論者ピーター・ナバロは今回の決定からは外されていたということだ。

そのいっぽうでトランプは「債券市場は非常にやっかいだ。私はそれを見ていて、人びとは不安になり始めていたと思った」と水曜日の方針転換について説明している。それと同時にトランプは「JPモルガンのダイモン最高経営責任者(CEO)がフォックス・ビジネスに出演して、アメリカはおそらく景気後退に向かっていると警告したことに説得された」とも語っていたという。ダイモンの発言というのは「私は冷静に見ているが、ここで何らかの進展がなければ、事態はもっと悪化するだろうと思う」というものだった。


そして、こうした債券市場で目撃した「人びとの不安」と、JPモルガンのトップのダイモンの「ここで何らかの進展がなければ悪化する」という言葉を背景に、トランプは敗北するのでも、また屈服するのでもないというレトリックを考え出したのが財務長官のベセントだったようだ。ベセントの言葉によれば「トランプ大統領の関税政策の発表は、75カ国以上を交渉に駆り立てた。大統領がここまでくるには大変な勇気が必要だった。そして、ついにここに至ったのである」ということにしたのである。

つまり、トランプも「何らかの変更が必要だろう」と思いつつあったところに、ベセントが「アメリカに害を及ぼしていた多くの国が、トランプの関税政策によって目覚め、ようやく交渉する気になった。トランプの努力は報われた」というお話に仕立てたわけである。「ホワイトハウスに近いウォール街の大物は、アメリカと歴史的に良好な関係にある国ぐにへの関税引き上げを一時停止し、そのいっぽうで最も厳しい制裁を中国に課すことを決めるのに、ベセントがトランプ大統領を助けたと語っている」と同紙は付け加えている。


では、ウォール街を始めとするアメリカのビジネス筋はみんな納得したのかといえば、どうもそうではなさそうだ。「あるビジネス団体は、安堵はしたもののトランプ政権の政策をめぐる懸念は解消されていないと述べている」と同紙はいう。あるロビー団体の会長も「こうした関税は撤廃して、将来の不確実性を最小限に抑えて欲しい」と述べている。また、もちろんのこと、民主党は、いちおう政策は一時的に撤回されたかたちとなっても、激しい攻撃を続けている。イリノイ州選出のディック・ダービン上院議員は次のように指摘している。「トランプ関税による混乱、不確実、そして実質的な損害は、留保期間の90日で消えることはないだろう。ようするに大統領は、アメリカの家庭と企業を犠牲にして、世界的混乱を引き起こした」。

他のメディアの指摘も付け加えておこう。英経済誌ジ・エコノミスト4月9日号の「トランプの関税停止は投資家に安堵をもたらしたが、懸念も残っている」では、これからの3つの懸念を指摘している。同紙はこの一時的処置は「完全な停止からは程遠い」として、次のように述べている。第一に、「この一時停止には巨大な例外があって、中国への関税はさらにかさあげされ125%という大きなものになっていること」。第二に「トランプが今回停止したのは『相互関税』の部分であって、10%の基礎関税部分は残っていること」、第三に「あくまでこれは一時停止であって、完全に撤廃したのではないこと」などを挙げている。

たとえ一時的に留保し延期しても、さらには政策を中止したとしても、今回のトランプによるマイナスの影響は市場に長く残ってしまうと、フィナンシャル紙のマーティン・ウルフはすでに指摘していた。それはトランプという政治家ならば、まったく非合理的な政策でも、真顔で実施しようとするという懸念どころか恐怖が生まれ、そして今も消えていないからだ。ウォール街はこれからトランプに対して不信を持つようになるだろう。もちろん、アメリカ国民のなかの共和党支持者も、そして世界中の人びとも、トランプを単にいかがわしいだけでなく、実質的に厄介で異常で有害な存在として念頭に置く人が多くなるわけである。