こういうのを「ごまかし」「インチキ」あるいは「ファジーマス(皮算用)」というのだろうか。政府は10月18日に「日米貿易協定の経済効果分析(暫定値)」を発表したが、GDPの押し上げ率が0.8%、約4兆円に相当するという。まず、この数値には「何年で」という大事な条件がない。そしてまた、まったく決まっていないアメリカの自動車関税撤廃が、行われたことにして試算しているのである。
これまでも安倍政権は、TPP12、TPP11についての試算を発表してきたが、そのすべてが楽観に基づく、数値の操作を繰り返したものにすぎなかった(「TPPの現在(2)安倍政権のデータ加工に呆れる」を参照のこと)。今回の数値は、そうした操作を重ねたものを前提に、さらに操作を重ねたものだから、ほとんどペテンに近いものになっている。
報道機関も一部の例外を別とすれば、まず、「4兆円の効果」をタイトルに掲げて、それからあたりさわりのない内実とやらを記述し、そして、専門家の意見として試算の前提がおかしいといわせて、「この試算は、確約が取れていない自動車や自動車部品の関税撤廃を織り込んだもの」などと付け加えるのである。
え? 「確約が取れていない」だって? こんなものは未来永劫確約なんか取れやしないよ。少なくともトランプはまったくそんな気がないだろう。日本のマスコミはほとんどTPPが登場してきたとき、どういうわけか内容が分からないうちから支持を打ち出した。若干の懐疑を見せるときも、苦しむコメ農家があるという話を追加することで、自分たちの良心を満足させてきた。しかし、その後、TPPの内実が明らかになったときには、もう、「客観報道」に戻るわけにはいかなかったのだ。
そしてまた、日本の財界も「ま、2.5%くらいなら、為替レートの変動や追加課税に比べてば、たいしたことはないや」と思っている。もう、ずっと2.5%でやってきて、それでも日本車は「脅威」とされてきた。だから、日米貿易交渉が調印されたとき、「ああ、よかった」という意味のコメントしか出てこなかったのである。
(毎日新聞電子版 10月19日付けより)
しかし、その分はどこにいっているかといえば、トランプがツイッターで宣伝し、マスコミの前でアッピールした「70憶ドル」の日本へのアメリカ農産物の押し込みなのである。私が不思議に思うのは、このアメリカの意図が明らかになったときも、日本の農業団体のトップの反応が、やたらに穏健だったことだ。これはアメリカに遠慮しているというより、安倍政権に批判的になってしまうような発言は、やめておこうと思ったからだろう。
しかし、この70憶ドルの数値を、「そんなものは、トランプのツイッターに出て来た数字にすぎない」と思ったら、後にホゾをかむことになる。TPP12ですらアメリカ農務省の計算は58億ドル、しかも、日本以外の11カ国すべてからの輸入額の数値だった。
この58億ドルをみて驚いた農業団体の幹部たちは、なぜ今度のアメリカ単体だけで70億ドルに震撼しないのだろうか。こんどの日本政府の試算など、そうした事情を考慮しないでも、呆れるほどアメリカ様本位なのである。政府試算では農業生産は最大1100億円減少するとしている。70億ドルは今日(10月19日)のレートで7589億円。これだってファジーマスかもしれないけれど、政府試算よりはずっと現実味のある数字だろう。
これから日本人は米農産物を食いまくることになりそうである。細かい分析は、「コモドンの空飛ぶ書斎」の連載、「TPPの現在」でやることにしたい。そこではもう少し数字にこだわった考察を行いたいと思っている。