これまでのアメリカ史を振り返っても、トランプ大統領のベネズエラ攻撃やグリーンランド収奪計画は、きわめて異常な戦略だといわざるをえない。おそらく将来のある時点から振り返ったとき、いまのアメリカの一連の行動は帝国主義的あるいは侵略的といわざるを得ないものだろう。その前段階にあったウクライナ和平やガザ地区停戦の失敗、そしてイラン核施設攻撃および同国内乱工作を含めて、トランプはこれまでで最も好戦的なアメリカ大統領として記憶されることになるだろう。そしてその行き着くところは、みじめな全面的敗北ではないかと思われる。

まず、トピックとして最も新しいものから触れておくが、イランの内戦に近い状態は、もちろん、これまでの宗教的締め付けが長期的な理由になっているといえるかもしれない。しかし、長年、権威的体制が危機に瀕するさいには、ほとんどの場合、外国勢力のスパイによる扇動がともなっていた。内政の行き詰まりが積もり積もって生じたソ連の崩壊も、また、東側諸国からの越境的行為も、西側情報機関のさまざまな工作によって加速され、場合によれば生み出されたものであることは、冷戦終結後のさまざまな研究によって明らかにされている。今回のイランの内乱状態もそうした工作がないというほうが不自然だ。そして、今回のアグレッシブな情報戦略は果てしない中東の動乱へと向かわせるだろう。
興奮した大衆による支持によって生まれた政権が、常に大衆が歓喜する内政や外政をとらざるを得なくなるのは、近代西洋の歴史をみればありふれた現象といえる。たとえば、ナポレオン3世の政権奪取についても、そしてその維持においても、戦争は内政の不安定さを克服するものとして行われ、「ボナパルティズム」として専門用語となっている。もちろん、その先駆者であるナポレオン1世の征服戦争の繰り返しも、生み出された国民参加政治と抱き合わせの徴兵制の維持のために必要となり、結果として戦争がヨーロッパ全土に拡大されたものといえる。

もちろん、ドイツのヒトラーが始めた征服戦争も、チェコやポーランドへの侵入まではドイツ国内政治の不安定性の解消が目的だったが、フランスへの侵入と征服に至ったころには、もはや後戻りできない、目的のはっきりしないドイツ国民の妄想を満足させるだけの戦争になっていた。ヒトラーは本気でヨーロッパ全土を支配しようとしていたとか、まったく逆に最初からドイツと心中を図るのがヒトラーの深層心理にあったとかの説もないわけではないが、いずれにせよ、当時のドイツの経済力や軍事力では、とても世界征服戦争と巨大化した第三帝国の維持は不可能だった。
あるいは、人によっては、トランプ主義をボナパルティズムやナチズムになぞらえるのは、あまりにも軽率だというかもしれない。しかし、民主主義的に見える政体が、ある事件をきっかけに急激に征服が目的の帝国的政体へと変容するというのは、実は、古代からあったことで、アメリカ人が大好きなローマの歴史がまさにそうした必然性を含んでいた。シーザーによる地中海における征服戦争やガリア戦にみられる遠征は、アテネの好戦性と同様に、ローマ市民のための外部からの富の強奪と内部へのバラマキとに結びついていた。カエサリズムとはシーザーの政治手法であると同時に、ローマ以外の地域からの収奪を軍事的に行う、強奪帝国主義以外の何ものでもなかったのだ。

現代の世界に生きている者にとって、トランプ主義の拡大はポエニ、パルミラ、ユダヤなどの古代国家に暮らした人びとの運命が、現実に降りかかってくることを意味する。いや、すでに日本は否応もなくその運命にドップリとひたされている。株価だけはアメリカ株市場の影響で暴騰しているが、そのいっぽうで物価高が進んでいるのに、実体経済そのものは少しも活性化されず、ますますアメリカ帝国の繁栄を支える要素にされている。ヨーロッパも同じでアメリカの要求を回避しようとはしているが、経済的にも軍事的にもアメリカなしでは実はやっていけないのだ。
いまの世界の人間にとって、唯一、幸運なことがあるとすれば、トランプが高齢であって、そのままいまのトランプ帝国主義が続くことはないと予想されることだろう。しかし、これもトランプの取り巻きたちを見渡せば、「アメリカを再び偉大な国に」というスローガンを自分の出世と金儲けを硬く結びつけた、ならず者のような顔つきと言葉をもった連中ばかりなのである。トランプがさらに老いを深めれば、高齢の帝王をいただく性質の悪い好戦的帝国のように、金と権力の亡者たちのような連中のアメリカ世界支配が続き、拡大主義が限界にくるまでいまの体制は続くだろう。そもそもトランプ主義は妄想の産物だから、やがては破綻していくだろうが、しばらくは続くと思われる。

もちろん、いまやアメリカが本気で恐れ始めている中国が、アメリカ帝国の拡大主義を不可能にすることもありうるだろう。すくなくとも、アメリカが自滅するよりは、このほうが時間的には早い。しかし、そのさい日本は中国帝国の勢力圏に繰り入れられることになるから、いまのアメリカにとってのベネズエラの地位に甘んじることになる。いまの経済力や軍事力で日本が、どこまで中国の支配に対抗できるかは悲観的にならざるを得ない。それでも日本がアメリカ帝国との同盟関係を続ければ、ある日、戦闘機に守られた中国のヘリコプターがやってきて、日本の首相を誘拐し日本国民に宣言する。「この人物は中国の国内法で有罪者である。ゆえに逮捕して中国の裁判で罰することにする」。今年のベネズエラという初夢は、実はこうした未来の事態を予言する、とことん陰惨なものだったのである。