トランプ大統領の関税政策をめぐっては、ほとんどの経済学者たちから激しい批判が行われている。それは市場主義者といわれるような新古典派から、ほとんど社会主義者的なコメントをするニューケインジアンにまでおよぶが、トランプの誤りがあまりにも明らかであるからだ。しかし、おそらくそういった「主流派」の言うことなど最初の前提が違うから、トランプの説と同じく信頼に値しないと思う人もいるかもしれない。まずは批判をいくつか紹介し、いちおう信頼に値する事実で再確認してみることにしよう。
USニューズ電子版4月3日の「恐ろしく破壊的でバカバカしい:有名経済学者たちがトランプの関税政策に反論」は、何人もの有名な経済学者やエコノミストによる、トランプの関税政策についてコメントを集めている。本来はどのような立場からの発言かを指摘しながら、論争の全体像を紹介すべきだと思うのだが、それはあまり気にしていないようだ。ここでは多少ともそうした視点を加味して、組み立て直して紹介しよう。
まずは、トランプ政権の内部にいる経済学者から始めるが、スコット・ベセント財務長官は、トランプのすべての国からの輸入品に最低10%の関税をかけるという発言をうけて、CNNのインタビュー次のように述べている。「皆さん、落ち着いて深呼吸をしてください。すぐには報復関税をかけたりせずに、まずはどうなるか観察してください。報復すれば事態はエスカレートするだけです」。これが笑えるのは報復関税を行うとエスカレートすると述べていることで、アメリカ側からの関税措置が混乱を起こすものであることを認めているわけである。
トランプ政権内ではないが、共和党系シンクタンクとされているヘリテージ財団の研究員であるスティーヴン・ムーアも「投資家の皆さん、慌てる必要はありません。関税への懸念と経済減速による株価下落にもかかわらず、歴史はトランポノミクスが成長を牽引していることを示しています。トランプ大統領の第一期においても、成長促進戦略のお陰で、関税の引き上げが株価の活況を妨げることはありませんでした」などと述べている。第一期の株価はトランプの無策により激しくなったコロナ禍の影響で暴落し、その反動と膨大なコロナ補助金の株式市場への流入で上昇したにすぎない。関税政策はほんの一部にしか適用されない小規模なものにとどまっていた。
さらに、共和党系のポピュリストシンクタンクであるアメリカン・コンパスの創始者オーレン・キャスは「株価には間違いなく影響がでるだろう。主要な経済指標の一部には1年から2年にわたり影響がでるかもしれない。物価には多少影響がでるだろうが、上がったことによって得をする場合もありうる。国内投資は大幅に増えるだろう。国内で経済的に遅れをとっていた地域では、経済的機会が増えると思われる。強靭性と安全性が大幅に向上するからだ。(マイナスの効果を受ける人もいるだろうが)何事につけただでは得られない(マイナスがなくてプラスになることはない)のである」。これなどよく読めば実は何も言っていないに等しく、トランプのやることを黙って見ていろと命じているようなものだ。
こうしたトランプ政権周辺の経済学者たちに比べて、民主党系の経済学者はそれぞれの経済学の適用によって事態の深刻さを指摘している。ミシガン大学教授でピーターソン国際経済研究所上級研究員のジャスティン・ウルファーズは「大げさな潤色や夢想からくる誤解、信用のない理論やこの数十年の事実の無視に基づく、恐ろしく破壊的で支離滅裂で無知に満ちた関税政策だ。そして本当の悲劇は、この関税政策が他の誰よりも仕事を続けているアメリカ人を傷つけることである」と投稿している。
元民主党政権の元財務長官でハーバード大学教授のローレンス・サマーズは、「これまでのアメリカ大統領の1時間ほどの演説が、これほど多くの人びとに大きな損害を与えたことはなかった。私の前回のツィート以後も市場は動き続けており、いまやトランプの関税政策による損害の総額は、すくなく見積もっても30兆ドルに達した。つまり、4人家族当たり30万ドルに近づいている」と投稿している。
さらに民主党系シンクタンクである経済政策研究所は、「関税は明確に定義された戦略目的のための産業政策において正当かつ有用な手段となりうるが、アメリカの平均実効関税率を大幅に引き上げる広範な関税は賢明ではない。さらに第二期トランプ政権の関税の根拠、範囲、タイムラインは常に変化していることを無視している」との声明を発表した。さらに、この声明では「関税はそれ自体が目標とはなりえず、対象を絞った産業部門におけるアメリカの競争力回復に向けた、他の政策と組み合わせるべきだ」と付け加えている。
まとまった批判をしているのは、民主党系の有名経済学者でニューヨーク市立大学教授のポール・クルーグマンで、自分のサイトに4月3日に投稿した「悪意に満ちた愚劣さは世界経済を殺すのではないか?」では、次のように述べた。「トランプが発表した関税は、ほとんどの人が予想していたものよりずっと高かった。これは1930年の悪名高いスムート・ホーリー関税よりも経済にとってはるかに大きな衝撃となるだろう。とくに、国際貿易の重要性が当時と比べて3倍になっていることを考えればなおさらだ。しかし、彼の発表で驚かされたのは関税の規模だけではない。トランプ政権がどのようにしてその関税率を割り出したのか、まるで分からないことである」。
ここで関税の初歩的な事項をいくつか確認しておこう。それはすでにブログやメディアで述べたことだが、どのような基本的認識でこの投稿を書いているのかを、述べておくのが必要と思うからである。第一に、何度も指摘されていることだが、関税とは輸入する国の輸入業者が払うものであり、それが回り回って結局は輸入国の国民が払うことになる。第二に、関税をかけるとその国の政府に少しお金が入るが、それで国が豊かになるわけではない。逆に景気を冷やすマイナスの効果がある。
第三に、輸出する企業は関税をかけられると、輸出先の国での市場で販売が不利になるので苦しくなる。第四に、関税をかけた国は常にと言うわけではないがインフレを加速する傾向がある。第五に、アメリカの貿易収支は赤字かもしれないが、同国は海外投資によって大きな所得収支を得ているので、経常収支が著しく赤字だとはいえない。貿易赤字すなわち損ではない。第六に、途上国の場合には、国内のある成長分野を保護する目的で関税をかけ、また、先進国でも限られた分野で関税をかけることはあるが、それは相手との交渉によって決めていくのが好ましい。一方的で敵対的な課税は経済だけでなく政治的にもマイナスとなる。
以上の諸観点から見れば、この問題についてはアメリカの共和党関係者あるいは機関は、かなり無理をしてトランプの関税政策を正当化しようとしているというしかない。どの議論も苦しく不自然であり、何より独善的傾向が顕著である。そして結局のところ、アメリカにとってプラスにならないことが多いことを予感していることが透けて見える。ということは、もし経済学者として、あるいは研究機関の研究者として、アメリカという国家および国民を考えるなら、トランプの関税政策は支持政党によらず立場を超えて批判すべきなのである。
さらに補足しておくが、トランプが関税に関して行っている演説や表明には、多くの誤解や虚偽が混在しており、とてもそのまま受け取ることのできない主張となっている。たとえば、日本がコメの輸入に700%の関税をかけているという話を振りまいたが、これには何の正しい根拠もない。すでに一定量までは関税なしとなっている。あえていえば十数年前の実質関税率を基にしていると思われるが、そのさいも数字が正しくない。それに類似する誤解および虚偽の例について、前出のクルーグマンが自分のサイトに補足的な「トランプは貿易についてはクレイジーになっている」を投稿しているので、いくつかの点について簡単に紹介しておこう。
まず、ヨーロッパにかける関税を39%としているがほとんど根拠が存在しない。これはEUの付加価値税が20%だからということらしいが、それでも39%にはかなりの差があり、関税と付加価値税はまったく異なるものなので、根拠にも何にもなっていない。また、トランプのかつてよりの主張には、ヨーロッパが課す関税は実は数値の10倍以上になっているというのがあり、これにも何の根拠もないが、おそらく彼は撤回しないだろうとクルーグマンは呆れながら述べている。
さらにトランプは、アメリカはカナダに毎年2000億ドルの補助金を出していると主張しているが、これはカナダの貿易黒字のことを補助金と呼ぶといった基本的な(意図的な?)間違いに加え、実際の貿易黒字を3倍に膨らませているのである。「もし、あなたが、トランプ大統領が危機的状況から立ち直るだろうという希望を持っていたとしても、非常に高い関税率の押し付けと、他の国に関する完全な虚偽を含む今回の演説によって、あなたの希望は完膚なきまでに打ち砕かれるだろう」。
トランプの位置づけについては、そもそも2016年の大統領選に登場したときから誤解が多かった。日本における自称保守派の論者のなかには、彼の主張をグローバル化が生んだ災厄の批判者として捉えて、新時代の予言者であるかのように論じる人たちもいた。しかしトランプの人格的な欠陥や世界像の歪みは決定的で、それを前提として、当時の世界における問題点を衝いている点もあると見るのが妥当だったわけである。
それは、たとえば、いずれ日本が世界の混乱のなかで、本格的に自立せざるを得ない事態が来ることを再確認し、トランプという奇人・変人の言動を奇貨とするというに尽きていた。ところが、そんな自明のこともわからずに、トランプを救世主のように論じた自称保守派がいたのは、とんだご愛敬だった。この類の連中はトランプが大統領に復帰したときも、対応しだいで日本にとって得るものがあるかのように言い募っていたが、それは単なる無反省な楽天的認識で、相変わらずの殺伐とした欺瞞的で依存的な言動というほかない。