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東谷暁による「事件」に対する解釈論

経済制裁下のロシア国民の消費生活;見かけよりずっと健全な理由とは何か

ロシアへの経済制裁を確実なものとするため、ドイツがエネルギー政策を変えるというニュースが繰り返し流れている。テレビなどでも、この変更を積極的に支持する市民の動きなどが、きわめて好意的に報道されている。では、経済政策を受けているロシアの経済状態はどうなのだろうか。そして、ロシアの国民生活はどうなっているのだろうか。

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経済誌ジ・エコノミスト3月30日号は「手負いのクマ 前例のない制裁下のなかでロシア人の経済はどんな様子か」との記事は、短いものだが、他ではなかなか読めない内容を載せている。結論は「あなたが思っているよりも良いようだ」というもので、西側の経済制裁プーチンを失脚させたい人には、不愉快なものかもしれない。もちろん、ロシア経済はかなりの下方圧力を受けている。しかし、そうでない分野もある。

まず、同誌が掲げているグラフから見てみよう(下の3つのグラフ)。一番上のグラフはロシアの通貨ルーブルの上下を示したもので、一時は対ドルの値で急激な下落を見せたが、「その後、戦争開始前のレベルに戻りつつある」(グラフ上)。株価はさすがに3分の1まで急落したが、取引停止を解除してからは、さほどの下落はなく、逆にちょっと上昇を見せている(グラフ中)。そして、同誌がご自慢のリアルタイムGDP(毎日、前年度同日との比較をする)に至っては、上昇の兆しさえ見せている(グラフ下)。

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「ロシア政府とほとんどのロシア企業は、いま外国通貨建ての債券で支払いを行なっている。3兆ルーブル(約3100億ドル)にも達していた銀行取付騒ぎは、ロシア国民が銀行に現金を戻すのにともなって終息を迎えている」

もちろん、このような安定に向かうための努力は、政府や諸機関がさまざまな手段を採ることで実現しているが、そのなかにはオーソドックスな方法と、変則的な方法があるという。まず、オーソドックスなものとしては中央銀行政策金利を9.5%から20%に上げた。これは国民がロシアの株式を手放さないようにするための処置だった。

変則的あるいは非伝統的な方法には、輸出業者に対して外貨を得たらその80%をルーブルに換えるように指示したことがあげられる。株式の売買については中央銀行が用いた言葉によれば「協議してのもの」に変わっている。つまり、売り買いを激しく行うとさらなる下落が起こる危険もあるので、抑制するようにとのことだろう。もちろん、短期売りは禁止で、4月1日まで国内非居住者が株式を手ばなすことはできなかった。

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The Economistより:見かけより消費は健全だという


市民生活にいちばん身近な実体経済は、こうした努力によって維持された金融経済が反映されていると同誌はいう。つまり「見かけよりもずっと健全なのだ」。物価は3月初頭にくらべて5%の上昇ですんでいる。西側の経済制裁によって、多くの外国企業がロシアを撤退し、通貨が下落したせいで輸入品はきわめて高くなっているが、すべてが急騰しているわけではない。たとえば、国内でほとんどが生産されるウォッカなどは、開戦前よりほんの少し高くなっただけだ。いまのところ市民の経済行動に甚大な変化が起こる兆しもない。

こうした物価の抑制は、おそらく開戦前にロシア国民が買いだめをしておいたことも関係あると同誌は見ている。「たとえば、家庭用電化製品への需要は強いが、コロナパンデミックの真っ最中よりも、ずっとまともな消費生活が続いているといえる」。もちろん、今年のGDPは下落して、おそらく10%から15%の下落となると予想されている。それは次の3つの原因のためだ。第一に、一般市民はクリミア併合のあった2014年のときを思い出して消費を控える傾向にある。第二は、制裁を行なっている西側の企業が引き揚げたことで、輸入品へのアクセスが制限されることだ。

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そして第三に、いちばん大きい要因がロシアの石油輸出が、このまま続くとは思えないことだという。実は、いまもロシアは1カ月あたり1000億ドル相当の石油をバイヤーたちに売却していて、これは開戦前の4分の1に相当する。また、大幅に減ったとはいえ、天然ガスや他の石油関連製品も外国に流れている。

同誌はあれこれ検討して、結局、いまは国内消費も比較的健全に見えるが、これからは分からないと予想している。「しかし、こうした石油や天然ガスの売却収入は、中立国や友好国から消費財を購入するための外貨調達手段としては、あまりに脆弱といわざるを得ない。これらの外貨調達手段が途切れないかぎりにおいて、ロシアの国内経済は、いましばらくは、危なっかしいながらも継続するということだろう」。

これは経済的観点からのレポートだから、わざわざ付け加える必要もないかもしれないが、最も大きな要素は、ロシアは戦場になっていないということである。実は、開戦前にもロシアの国内経済は悪くないから強気なのだという指摘もあった。戦場になっていない限り、国内の生産はともかく続けられる。それがかなり品質の劣るものでも、多少の物価高でも、しばらくは国民はがまんする。それはこれまでの大国の戦争を見れば分かる。大国の国民ががまんできなるなるまでの時間はけっこう長く、その間、ずっと戦争を続けさせるわけにはいかないのは当然のことだが。

 

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