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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ポーランドに着弾したミサイルはどこから来た?;バイデン米大統領の苦しい選択

ポーランドにミサイルが着弾したため、ポーランド外務省はロシア製であることを指摘しつつ、2名の死者が出たと発表した。しかし、アメリカのバイデン大統領は直後に「ロシアからとは考えにくい」とコメントした。ロシアがウクライナに100発のミサイルを撃ち込んでいるので、それが「流れた」との解釈もあるが、こうした見解のズレのなかに、それぞれの微妙な立場が浮き彫りになっている。

バイデンはウクライナに戦わせてロシアを抑え込みたい


まず、ロシアがいまNATO加盟国のポーランドに、ミサイルを撃ち込んで得なのかを考えれば、まったくないどころか自殺行為に等しい。ただでさえウクライナの反撃によって要衝ヘルソンを失っているのに、アメリカを含むNATOと「直接」に交戦することになれば、いまの戦いそのものがロシアの徹底的な敗北となるだろう。

では、ロシア軍である可能性はまったくないのかといえば、ゼロではない。ロシア軍内部にはいまの戦い方を「生易しい」と考えている勢力があり、彼らがロシア全体を巻き込んだ戦争に向かわせるため、あえて危険な火遊びに至ったということもある。しかし、不満をもつ将校たちがそこまで暴走するかといえば、疑問視する専門家も多いだろう。なぜなら、NATOとの直接の戦いになれば自分たちも危険にさらされるからだ。

ヘルソンを失ったうえにNATOとの直接対決は避けたい


また、敢えて考えておけば、NATOの協力の少なさに業を煮やしたウクライナ軍の工作という可能性もゼロではない。しかし、これをやってバレてしまえば、悪辣なプーチンに悲惨な戦争を強いられているという、これまで培ってきたイメージが崩壊する危険がある。これもヘルソン奪還によって生じた、ウクライナ軍のいまの士気の高さからすれば、そんなことをするまでのことはないはずである。

さらに、アメリカの立場を考えれば「ロシアの軍事力を削ぐ」ことが戦争の目的であり、これからも偽善的に代理戦争を続けたい。NATOの事実上のリーダーとして、ロシアとの直接の戦いに引きずり込まれるのは、とくにバイデン大統領にしてみれば「まっぴら」だと思っているだろう。彼はあいかわらず2024年に大統領選に出るつもりでいて、自国の軍隊をポーランドウクライナに送り込むのはリスクが高すぎる。

ウクライナとしてはNATOの直接の支援が欲しい


ざっとこのように考えれば、バイデンの「ロシアからとは考えにくい」という発言は、合理的な対応であるとともに、自国が直接かかわらずにすませるための時間稼ぎでもある。「ポーランドに着弾したミサイルは、どこのものか調査が必要だ」として、判断をしばらく留保しておくというのが、もっとも「賢い選択」ということになる。

しかし、このミサイルは実際に発射されていて、その「調査」の発表そのものが、すでに戦争のかけひきそのものになることは間違いない。バイデンは賢いが苦しい選択を行なったわけである。勘ぐれば、すでにアメリカ、ポーランド、そしてロシアは、さまざまな外交ルートを通じて、いまの戦争の構図を変えないための工作を、始めているかもしれない。