すでにドナルド・トランプは、引き返せないところまで世界を無秩序化してしまった。ウクライナは鉱物資源の供給地にされ、イスラエルのガザ地区は新しい観光地として繁栄することになるらしい。ロシアはいまのところ、トランプの悪だくみの仲間のようだが、これもディールの展開によっては再び敵になるだろう。そして中国についても何の工夫もなく関税で締め上げる気らしいが、そのうち台湾海峡で火の手が上がる可能性は高くなってきた。

英経済誌ジ・エコノミスト3月1日号の特集は「ドンの新世界秩序」で、まだしも穏やか(?)だが、社説は「ドナルド・トランプは世界勢力をめぐるマフィアのような闘争を開始した」というもので、トランプ大統領はすでにドン・コルレオーネと呼ばれている。これまではトランプの言動の深刻な批判においても揶揄や諧謔が含まれていたが、もうそんな段階ではなく「1945年以来の大混乱」として扱われている。ちょっと遅すぎたのではないか。
「1945年以降の秩序はいまや急速に崩壊しつつある。今週の国連の投票では、アメリカは呆れたことに、ウクライナとヨーロッパに対して、ロシアと北朝鮮の側に立った。ドイツの次期首相候補のフリードリヒ・メルツは、6月までにNATOは消滅しているかもしれないと警告している。大国はディールし、小国は威圧される、力こそが正義の世界がいまや目の前にある。トランプ陣営は自らのディールが平和をもたらし、80年間も騙され続けてきたアメリカは、超大国の地位を取り戻して利益をもたらすと主張している。しかし、それは世界をより危険にし、アメリカを貧しくするだけだろう」

ジ・エコノミスト誌より
これは実に正しい現状認識だといえるが、ジ・エコノミストの格調ある社説を離れていえば、いまのドン・コルレオーネだけを批判するのは公平ではない。ウクライナ戦争の停戦さえ試みず、イスラエルのガザ地区での残虐を止めなかったバイデン前大統領が、もうすこし世界秩序の観点から行動していれば、いまのような無秩序がこれほど急速に世界を覆うことはなかったし、そもそもトランプの第二期もなかったかもしれない。
しかも、それはバイデンという一個人の、大統領という地位への異常な固執と、アメリカにおけるイスラエル・ロビーへの、選挙を重視した遠慮から生まれていた無策だった。もうすでに、この段階でアメリカは世界のリーダーではなかったのだ。愚痴をいっていても詮無いのでエコノミストに戻ろう。次は、同誌のリポート「ドナルド・トランプの取引は世界が米国を助けるどころか害をもたらす」で描かれている、いまのウクライナ情勢についてのスケッチだが、これも正しい。

「アメリカは今週、影響力を駆使してウクライナを脅迫し、鉱物資源をアメリカと共有する協定を無理やり結ばせた。トランプはこれをアメリカがウクライナに与えてきた軍事支援に対する見返りだと述べている。この案を最初に提案したのはウクライナだったが、この際にはアメリカの安全保障の保証と引き換えを提案していた。しかし、それは実現しなかったどころか、アメリカの交渉担当者はウクライナを交渉相手としているのではなく、あたかも命令しているかのごとくだった」
では、中東におけるトランプの「成果」はあがっているのだろうか。中東におけるトランプの目標は、一連の協定を結んで同地域のさまざまな戦争を終わらせることだ。「しかし、ガザでの停戦をとりつけるという最初のステップですら、困難がともなってきた」。トランプ大統領の特使スティーブ・ヴィトコフは、イスラエルとハマスを説得することになっており、その第二段階は2月3日に開始されるはずだったが、何度も延期されている。こんなことではガザを観光地にする案など幻想以外の何ものでもない。他の地域についても、この社説から見てみよう。

「トランプは、アメリカ、ヨーロッパ、そしてアジアの同盟国も、部分的にあるいは完全に見捨てることができると考えている。彼はアメリカには他の地域とアメリカを隔てる『美しい海』があるなどと言っているが、いまや戦争は宇宙とサイバー空間に及んでいるので、物理的な距離は、アメリカの孤立主義が終焉を迎えた1941年の日本による真珠湾攻撃のときよりも、はるかに防御的な意味を低下させている。たとえば、アメリカが軍事力を発揮しようとすれば、それは世界各地にある同盟国の基地や軍事力を使用することになるが、トランプの世界ではそれが不可能なのである」
ジ・エコノミストが指摘することはいちいちもっともである。しかし、ウクライナという国をあたかもデモクラシーと自由の繁栄するところであるかのように報じ、また、アメリカのイスラエル・ロビーのパワーについてのスティーヴン・ウォルトたちの説を、ほとんど無視してきた世界の報道機関も、いまの激しい世界秩序崩壊については、その責任の一端があると言わねばならないだろう。とはいえ、同誌が次のように書いているのも正しい。

「あなたは世界秩序に興味がないかもしれないが、世界秩序のほうではあなたに興味をもっている。アメリカのドン・コルレオーネ的アプローチはいまやウクライナでまさに現実のものとなった。最初、アメリカ当局は5000億ドルを要求したが、ウクライナの鉱物資源開発のための共同国家基金という曖昧な合意に落ち着くことになった。アメリカにその見返りとして安全保障の保証を提供するかは、依然として明確ではない」
しかし、これまでの歴史を振り返れば、政府の方針が外国の勢力によって左右される国家は、かなりの頻度で世界の大国の介入を促し、しばしば、それが大戦へと拡大することになった。この場合、どちらが先に侵入したかで判断することは、かならずしも世界秩序を維持することには貢献しない。同誌は鉱物資源を介したディールを持ち掛けたのはウクライナだと正確に書いている。それはウクライナというよりはゼレンスキーと書いたほうが正しいと思われる。最初は独立を主張して英雄とされるが、途中から大国の間に挟まれて立場を失って国民の怨嗟の的となるのが、残念ながらウクライナにおける英雄の宿命ともいえる。そして今回の場合も、その悲劇の英雄は自国の貧困化のみならず世界秩序の崩壊を促したことになりそうである。