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東谷暁による「事件」に対する解釈論

ウクライナ戦争が引き起こした世界的食糧高騰;途上国の貧困層を激しく直撃している

ウクライナで戦争が起こると、はるか離れたスリランカで、食料がさらに高騰してデモが頻発する。これはいまの世界で別に珍しい現象ではない。では、それがどの程度のものになるのか。いまのところ分かっているデータをもとに、みてみよう。

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経済誌ジ・エコノミスト4月8日号の「ロシアのウクライナ侵攻が記録的な食料高騰を生み出している」は、シンプルなグラフを掲げて、現在の世界的な食料の価格急騰を分かりやすく報じている。結論からいえば、食料は全体ですでに例年の160%に達し、商品市場も砂糖が120%、穀類が140%、乳製品が170% そして石油は250%の高騰を見せている。

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国連の食糧農業機関(FAO)は、すでに2月に食糧価格は「歴史的な高さに達した」と警告したが、さらに3月にはそれが全体で13%と、FAO始まって以来最大の急騰を示している。また、ジ・エコノミスト誌独自のコモディティ・インデックスは、1週間ごとの追跡に元づくと、3月8日で始まる週でピークに達したとのことだ。

最も憂慮されているのが穀類で、FAOのデータによれば、3月だけで17%上昇した。また、小麦も20%の急騰。もちろん、これは2018年から2020年にかけての小麦生産量が、世界の3分の1を占めていたウクライナとロシアの戦争を反映したものだ。黒海を介して輸出されているトウモロコシや大麦も、きわめて大きな影響を受けており、それぞれ価格が19%、20%の上昇を見せている。

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この穀類の高騰はこれからも続くと見られており、FAOの認識では、戦場になっているウクライナの小麦は、今期に見込まれていた収穫量の4分の1が失われ、ウクライナとロシアのこれからの見通しも危機的とされている。意外なところでは、肥料の巨大な輸出国だったロシアが貿易封鎖されているので、これが大きなインフレ圧力になると見られている。また、植物オイルの生産コストが23%上昇しているが、これは南米の旱魃に加えて、ウクライナ戦争の影響も大きいと思われるとのことだ。

こうした食糧や原料の高騰は、どこよりも貧困国を直撃する。たとえば、スリランカの政府はいま経済的な危機にあり、エジプト政府もIMFに支援を求めている。そのいっぽうで、多くの国が農産物の輸出を禁止する措置を取り始めた。世界銀行によれば、ウクライナ戦争が始まってから53品目が輸出禁止となっており、影響は大きいと見られている。しかし、こうした輸出禁止は2008年から2011年の食糧高騰のさいにも広がりを見せたが、結局はさらなる価格高騰を生み出しただけだった。「今回はそれと違うと考えることに何の根拠もない」。

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nbcnews.comより:スリランカの経済政策避難デモは焼いたパンを掲げた


以上がジ・エコノミストの記事の概要だが、2つほど付け加えておく。ひとつがスリランカの経済危機だが、今回のウクライナ戦争による影響が波及する前から、すでに同国は対外債務で財政危機に陥り、物価高騰が激しかった。今回はそれにさらに上乗せになった形で、3月中旬にはコロンボにある大統領官邸の前に数千人のデモ隊が押しかけ、その場で焚いた火で焦がしたパンの塊を、棒に突き刺して掲げて大統領の退陣を迫った。この焼いたパンを棒に刺すという行為が、どのような象徴性を持つのかは、写真を掲げた海外の何紙かにあたったが分からなかった。

世界の物価が高騰するなかで、すでに何回か投稿したように、ロシア国内の物価上昇はいまのところ5%程度(前年度比)に抑えられており、さまざまな金融措置でルーブルのレートもかなり回復している。これらがすべて、プーチンの情報操作によって行われたとは思えないから、いまのところは、ロシア国内が戦場になっていないことが、最大のファクターだと思われる。

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週刊誌の広告に「ロシアは物価が3倍に」とあったので見てみたら、今は週に2%の上昇を見せているので1年後には3倍だという意味だった。おそらく、(1+0.02)^53(2%を複利計算で53乗する)といった単純なシミュレーションによるものだと思われる。さらに上昇すれば、ロシア政府は価格統制を強化すると思われるので、単純にそうなるとは思いにくい。

ただし、ロシアの経済政策はそれほど洗練されているとは思えないので、価格統制が逆に物価を高騰させてしまう危険もある。ソ連の末期にゴルバチョフ政権は日常品について価格統制したが、このとき原料の価格統制をしなかった。結果として現場の工場が生産をやめてしまい、ものすごい品切れと物価高騰を生み出すことになった。戦争の仕方も昔とあまり変わっていないので、経済政策もあまり変わっていないのではないかと想像することに、それほどの根拠はないのだが。

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