高市首相が立憲民主党の岡田克也議員の質問に答えるかたちで、「台湾有事が日本の存立危機事態に該当しうる」と発言したことにより、中国はさまざまな批判と罵声と経済制裁を加えてきた。中国の大阪領事などは「(高市首相の)首を斬る」とまで述べて威嚇している。しかし、事実関係だけを問題にするならば、まったく正しい発言で、日本にも、高市首相に発言撤回を求めるのはもとより、辞任まで求めている論者がいるが、こういうのを国辱的存在だと私は思っている。では、その正しい発言がなぜここまでこじれたのか、それを考えておく必要は大いにある。

英経済誌ジ・エコノミストに「Chaguan」というコラムがある。「茶関」とか「茶館」とか訳されることがあるが、まあ中国茶の喫茶店という意味だろう。短いがかなり蘊蓄が感じられ、中国および中国人の発想やレトリックに、よく通じている人が書いていると思われる独特の連載コラムとなっている。同誌12月8日付には「中国は自国を侮辱する国を罰する方法を知っている」というタイトルで、これだけでも高市支持者は憤激するかもしれないが、なぜ中国政府が今回の問題で怒ってみせて、強硬な懲罰的行動に出たのかを教えてくれる。
ひとことでいえば、中国は「ドッグハウス外交」を展開しているのだということである。つまり、ドッグハウスとは犬の調教舎というわけだ。「狗屋外交」という翻訳を当てている中国語メディアもあった。自国にとっても経済的に損な報復を行うことによって、日本だけでなく他の外国に対しても、今度の事態を材料にして牽制を行って、ある一線をはみ出せば、痛い鞭がとんでくることを分からせるような外交なのだ。

「中国が日本を窮地に追い込むのは、単に加害者を罰するためだけではなく、超えてはならない一線を大胆かつ傲慢に引いていくためである」。そのことで中国が決定的な争点とする問題について、他国が触れないようにさせることで、中国の権益はその一線より外に向かってじわじわと拡大する。もちろん、この一線を超えてしまう国も出てくるのだが、繰り返し懲罰的な報復をすることで、短期的にはコストがかかったり、評判が悪くなったりするが、長期的には中国の影響力は大きくなるというわけである。
「中国はときおり威圧的な存在として見られることは、払う価値のある代償だと暗々裏に計算している。一部の観光客や投資家を遠ざける可能性はあるものの、外国政府の足並みを揃えさせるのには十分に役立っている。日本との現在の紛争において、北京の外交官たちは、いまも中国が自国の立場を説明するために、頻繁に会合を開いているという。彼らは第二次世界大戦後に、国際社会が中国に台湾の権益を与えたという中国の見解を強調しており、台湾独立を支持する兆候があれば、もっとも深刻な報復に直面するだろうと威嚇している」

日本のジャーナリズムで高市発言について、バランスのよい議論を述べてくれたのは、『文藝春秋』2026年1月号に「高市総理の対中戦略」を寄せた垂秀夫立命館大学教授(前日本国中国特命全権大使)で、「高市発言は内容として間違っていたのだろうか。結論からいえば、そうではない」とまず述べている。そう述べるいっぽうで「しかし、問題は『総理としてどの場面で発言したのか』『発言して良かったのか』である」と切り込んでいる。なぜ今回において特に、中国側があれほど「激怒」あるいは「激怒したふり」をしたのか「本当の理由」を3つあげている。
第一が、「韓国APECで高市総理と会談した習近平の面子が潰されたから」。つまり、習近平が高市首相と会談に至ったというのは、高市首相が今回のような微妙な点に触れた発言をしないと中国外交部は判断していたからで、それがまったく裏切られたわけである。第二が、「アメリカのトランプですら台湾問題に触れるさいには慎重なのに」、高市首相は直裁に率直に述べてしまった。日本のような同盟国が単独で「一線」を超えてしまったことが許せないのである。第三に、中国外交を仕切っている「外交部」がこうした事態を阻止できなかったことで立場が不利になるのを何とか回避したいから。すでに、事態を予想できなかった外交部への激しい批判は当然行われているわけである。

では、日本はどうすればいいのか。垂教授は明快に「もし撤回すれば、『日本は圧力に屈する』という前例をまた一つ積み重ねることになる。これこそ最悪の事態である」と警告している。「また一つ積み重ねる」と言っているように、これまで妥協は何度も繰り返されたわけで、たとえば、2010年に尖閣漁船衝突事件のさい、当時の民主党政権がレアアース輸出規制、邦人拘束、日本製品の通関遅延などといった圧力の前に屈し、「日本の主権が傷つくにもかかわらず逮捕した中国人船長を実質的に『釈放』することで譲歩してしまった」ケースをあげている。さらに、今回の高市首相の発言を無理やり引き出した岡田議員に対しても、批判的な見方をしていることを付け加えたい。

この問題は時間がかかるだろう。それは垂教授も指摘している。しかし、日本にとって長期的にみれば、短期的利益や恐怖に引きずられて妥協してしまうよりずっとよい結果が可能である。これまでも世界の国ぐには、エサや脅しを用いて調教する「ドッグハウス外交」と対決してきた。日本の尖閣漁船衝突事件のように解決したふりをした例もあるが、最近のオーストラリア外交のように、中国側の輸入制限に直面しながら、「結果的に、折れたのは中国側であり、豪州は経済威圧に屈しない国家としての信頼を高めた」ケースも存在する。
もちろん、この場合には、国民の政府に対する信頼感、そして何より国民としての誇りや独立心が必要だろう。この最後のものが日本の場合、街頭で撤回して中国にお詫びしろと演説する胡乱な政治家は論外として、オールドメディアおよびSNSを見ているだけでも、かなり心配になるのだが、それは単に高市首相を支持するか否かというテーマを超えた問題だろう。