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東谷暁による「事件」に対する解釈論

白川元日銀総裁が黒田総裁を批判?;私怨を超えた正しい指摘は傾聴しておきたい

黒田東彦日銀総裁が退任するこの時期、前総裁の白川方明氏がIMFの季刊誌で黒田総裁時代の金融政策を批判したので話題になっている。異次元緩和は「ひかえめ」な効果しかなかったというのだ。これは別に新しい指摘ではないが、黒田総裁が登場してインフレターゲット政策が脚光を浴びるさい、白川総裁時代の政策がめちゃくちゃに貶められたことを思えば、さまざまな憶測が飛び交うのも無理はない。

 

 

すでに毎日新聞などがかなり詳しい紹介をしているので、ここでは気になる部分だけを改めて見てみよう。その前提として、白川元総裁が金融緩和を加速しない政策を、インフレターゲット論者などに激しく攻撃されたこと。また、白川総裁の金融政策が日本経済の低迷の原因であるとの批判が、マスコミに充満したことなどを思い出しておく必要がある。その批判はプロの経済学者だけでなく、まったく経済学の知識などまるでないような他分野の評論家によっても、クソミソに書かれたのである。

「日本における国債の利回りがゼロ以下に低下したのは、他の国にくらべてずっと以前のことだった。たとえば、これが政策においてはなはだしい抑制が行われたためだとすれば、日本の経済成長率が他のG7諸国と比べて低いものになったのは当然といってよい。しかし、日本の1人当りGDPは、2000年(日銀の公定歩合はゼロに下落し、日銀は非伝統的金融政策を始めた年)から2012年(中央銀行のバランスシートが膨張していく直前の年)まで、同時期のG7諸国の平均よりも高かったのである」


この2000年から2012年までというのは、白川氏が日銀総裁の席にあった2008年から2013年とかなり重なることを考えれば、自分の時代の金融政策は間違っていないと言っていることになる。そして、実際、少なくとも日本の経済データは、白川元総裁辞任後の日本経済は、間違いなく悪化しているのであるから、白川元総裁は根拠なしに次のようなことを述べているわけではない。

「日銀は2013年以降、『大いなる金融政策の実験』を行なうことになる。それは日銀のバランスシートを対GDP比で30%から120%まで拡大するものだった。成果をみると、インフレーション(を上昇させる)の側面からすると、それはモデストな(たしたことがない)ものだった。また、経済成長の側面からしても、その効果はモデストなものだった。こうした結果は日本だけのものではなく、2008年以降、日本に追従して非伝統的政策を採用した、他の多くの国においてもそうだったのである」


2013年以降の日本経済がどうだったのかといえば、日本人の平均収入は下がり続けた。また、1人あたりのGDPも下がり続け、いまや韓国にも超えられようとしている。ここらへんは、実に興味深いことだが、アベノミクスを支持していた論者たちでも、インフレターゲット政策や量的緩和策に付随する、甚だしい円安という現象を無視して、いかに日本経済がダメになったかを、(いかに日本が最近ダメかを強調するために)意図的に強調するグラフなどを提示していたりするのである。

では、大規模な金融緩和を行なって経済危機を脱出するという方法は、まったく無意味なのかというと、白川元総裁はそんなことは言っていない。こうした「フォーワードガイダンス」と呼ばれる、市場に強く訴えかける金融緩和政策が、何の効果も生み出さないわけがないのだ。ただし、その効果のあり方は状況に大きく依存しており、しかもかなりの副作用をともなうことも、まさに最近になって、世界の国々に改めて印象づけているのである。


「景気の低迷が続いているときに、フォーワードガイダンスはあまり効果がない。というのも、市場参加者はいずれにせよ金利が低いままにとどまると予想するからだ。しかし、経済が需要と供給に対して予想外のショックに直面したときには、低金利を継続するというフォーワードガイダンスは、逆にあまりにも金融拡張的でインフレ加速的な効果を生むことがある。それは部分的にはまさに、いまわれわれの目の前で繰り広げられているとおりである」

黒田総裁が採用した金融緩和策は、インフレターゲット政策だけではない。マイナス金利政策や量的緩和といわれた日銀による証券・債券の購入策もあった。それが「バズーカ砲」と呼ばれた甚だしい「大いなる金融政策の実験」だった。しかも、奇妙だったのは、そうした政策の効果がはなはだしく「モデスティ」であることが分かっても、まなじりを決して継続したことだった。わたしは、日本国債の維持のためだけの政策だったのではないかと疑っている。