「アメリカでは大型ピックアップトラックと衝突した場合、小型車と衝突したときと比べると、なんと7倍もの死亡率に達している」。これは最近ますます大きくなっているSUVの場合も同じようなことが言えるわけで、安全をもとめて大型乗用車を使うようになった結果、他のもっと小型の自動車に対する危険性が高まっているのだ。いま日本でも乗用車の大型化はますます進んでいるから、このアメリカ車社会の現実は、われわれの近未来でもある。

英経済誌ジ・エコノミスト電子版8月31日号は「アメリカ人の大型車に対する愛情は自分たちを殺すことになっている」を掲載している。アメリカでは大型車のほうが事故のさいに死亡する確率が低いので、乗用車が大型化する傾向が生まれる大きな理由となった。ところが、「重い車は他の車のドライバーにとってきわめて危険になる」。同誌のデータによれば、「2013~2023年でサンプル化した10000万件の衝突事故で見ると、相手車両の死亡は37件に達している。それほど重くない車の場合5.7件、軽量車の場合には2.6件」。重量車が相手にとってどれほど「危険」な存在か分かるだろう。
体力に不安が生まれた高齢者の例にもれず、近年、私は日に2度ほど散歩をするようになったのだが、住宅地の道だけでなく、自動車が走る広い道路も歩くことが多い。とくにこの2、3年、いくつかある散歩コースのほとんどで、あたかもトラックのような乗用車が、わが者顔に走っているのに出くわすようになった。まあ、わがもの顔とはいっても自動車に顔があるわけもなく、存在感を誇示しているような走り方が気になってきたと言いなおしてもいい。思い過ごしかとも考えたが、ときどき一緒に歩くカミさんも、同じような印象を持っていたことが分かって、何となく納得して安心した。

大型車と小型車が衝突した場合、灰色の点と線が大型車の重さと死者数を表し、赤色の点と線が小型車の死者数を表している。約7倍の多さで小型車に死亡者が出る。乗用車が大型化することで、大型車はますます安全に小型車はますます危険になった。
しかし、安心できないのは、住宅地の曲がり角から、いきなり巨大なトラックのようなSUVが姿をあらわし、スピードを落とさずに私の体をかすめて、走りさっていくことが多くなったことだ。自動車の図体が大きいからそう感じるのかと思っていたが、どうもそうではなく、大きな乗用車を運転している人は、その大きさを誇示したがっているようなところがあって(あるいは自分が安全だという余裕がありすぎて)、この類の自動車がもっと増えたら交通事故も増えるのではないかと思うようになった。
このジ・エコノミストの記事を読んで、それでは日本の場合はどうかとパソコンで検索してみると、同じように感じている人が結構多かった。残念ながら大型乗用車の死亡事故を分析したものは見つからなかったが、もうとっくの昔(15年くらいか)から、乗用車の大型化が問題になることを、予測している人たちがいたのである。実は、私は自動車を運転しない人間なので、気が付くのがきわめて遅かっただけで、日本の現実もすでにかなり危険な事態になっているらしい。

映画『激突』より;相手がでかければ危険が大きいのは当たり前
今回は日本については、それぞれの方々がパソコンで検索されることをお勧めするにとどめて、もう少し、ジ・エコノミストの記事内容を紹介しておこう。まず、アメリカの自動車行政当局は、1960年代に乗用車の衝突事故の増加に対して対策を取ろうとしたが、その時にはむしろ破損しやすい小型車のほうに関心があったという。ところが、その後、乗用車が大型化を続け、自動車同士の事故では小型車のほうに死者がでることが多いと分かってからは、大型車のほうに関心が移っていったという。
それでは、そうした行政の姿勢が何らかの歯止めや規制を産み出したかというと、どうもそうではないらしいのだ。なぜならアメリカでは、どのような自動車を買うかは消費者の自由であり、また、それに対してどんな自動車を売ろうとするかは、メーカー側の判断だというのは、いまのところ動かしようのない原則と思われているからだろう。しかし、ジ・エコノミストは「重い自動車を運転することによる社会的コストは、そのメリットを上回ることになる重量を想定することはできる」と強調している。

いまも自動車はどんどん重くなり、セダンは減ってSUVが急増している
「10000万件の自動車同士の死亡事故のうち、上位10%(5000ポンド以上)の死者は26人で、自車が5.9人に対して相手の車が20.2人。次に重い10%(4500~5000ポンド)は自車が5.4人で相手の車が10.3人」。これだけを見ても、以前のもっと重量の少ない自動車に換えていけば、自動車事故の死者を少なくすることができることが示唆されているわけである。「おおまかな試算では、もっとも重い車の10分の1を次に重いクラスに下げるだけで、死者を2300人減らすことができる」。
「こうした数字を見れば、自動車メーカーは重いSUVやピックアップトラックの生産にブレーキをかけていると思われるかもしれない。ところが、現実はまったく逆で、彼らはアクセルを踏んでいるのだ。環境保護庁のデータによると、アメリカの新車の平均重量は4400ポンド以上(EUは3300ポンド、日本は2600ポンド)である。2023年には5000ポンド以上が新車の31%を占め、5年前の22%から大幅に増加している」

もちろん、アメリカ人だって馬鹿ではない。世論調査が昨年実施した調査では、アメリカ人の41%がSUVやピックアップトラックは大きくなりすぎたと思い、49%が大きな自動車は他の自動車にとって危険だと考え、50%が自転車や歩行者に危険を及ぼしていると考えている。それなのに、アメリカという国は今のところ自動車の重量に何らかの規制を設けて、国民の命を守ろうとはしていないのである。レポートの締めくくりの部分を引用しておこう。
「『自動車メーカーは規則にしたがって行動している』と、非営利団体である全米安全協議会のマーク・チャンは述べている。『彼らはビジネス上の決定を下しているわけで、それはそれで合理的なものと言える。彼らは別の考え方に強制されないかぎり、それ以外のことをしようとは思わないだろう。したがって、(何らかの規制を課すには)連邦政府の関係者が関与の度合いを強めるしかないんですよ』」

昔流行った言葉でいえば「自己責任」だということになるのかもしれないが、日本は別にアメリカの真似をする必要はない。前出のデータによれば、日本の自動車の平均重量は2600ポンドでまだ小さい。ただし、この数値は平均値であって、いま道路を走っていたり、住宅のガレージに停めてある乗用車の大型化を見た感じとは、かなり矛盾しているような印象を受ける。これは恐らく、日本ではまだ小型車が多く、また軽自動車も多いので、その分、平均値は低いほうに引っ張られているのではないのか。
しかし、アメリカを中心としたジ・エコノミストのレポートを読めば、日本は最も危険な状態にあるということを意味しないだろうか。つまり、いっぽうではSUVが巨大化してゆき、他方では昔ながらの軽自動車に根強い人気があれば、道路上ではもっとも不幸な出会いが多くなる危険性があるということになるからだ。いずれにせよ、アメリカの現実を他山の石として、すぐにでも乗用車の大型化と事故について、現実を調査してデータ化し、対策を具体化しておくべきではないだろうか。