政治における「現実主義」はマッチョな主張のことだと思い込んでいる人が多い。したがって、トランプが注目されると、これが現実主義の政治家なのだ、リアリズムのポリティッシャンなのだと言い出す日本の論者がいても不思議ではない。なかにはトランプ時代のいまこそ日本もマッチョになって、失われた日本のパワーを取り戻そうと言い出す者すら出てくる。しかし、政治学におけるリアリストはマッチョでもなければトランプ主義者でもない。

アメリカでもこうした誤解が多いらしく、ハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授は、米外交誌フォーリン・ポリシー電子版5月29日付に「グローバル・ルールをリアリストはどう考えるか」を寄稿して、政治的リアリストに対する誤解に反論し、その返す刀で改めてトランプ大統領の政治および経済におけるルール軽視の姿勢を激しく批判している。トランプは2期目を迎えているのに、いまも世界政治がまったく分かっていないというわけだ。
「ドナルド・トランプ米大統領は、ホワイトハウスで2期目を迎えているにもかかわらず、世界政治についてまるで理解していない。これは驚くべきことだ。そのひとつが国際機関に関するもので、それがどのように重要か分かっていない。機関とはルールなのだ。トランプのルール軽視は政界入り以前から続いている。彼は若いころから長年にわたって、規範、法律、ルールを、自分の欲望を邪魔する嫌な制約とだけ見なしてきたが、その姿勢を外交政策にもそのまま持ち込んでいるのである」

リアリストはマッチョのことだと信じている連中は、リアリスト政治学者はトランプのやっているルール破りに賛成しているのだろうと思うかもしれないとウォルトは述べている。リアリストは、重要なのはパワーだけで規範、ルール、制度などは、何の影響も与えていないと考えていると、その類の人間は思っているだろうという。しかし、それはまったく間違っている。「もし、国際関係論の講義でそう教えられたのなら、その教授のところに行って授業料を返してもらうがいい」とまで述べている。
「確かにリアリストは、パワーを国際政治の最重要要素と見なし、また、国際社会にはルールがあっても遵守を強制する中央機関が存在しないため、主権国家は場合によればルールに逆らうことができるとも主張する。しかし、ハンス・モーゲンソー、ロバート・ギルピン、ヘンリー・キッシンジャー、スティーヴン・クラスナー、そしてジョン・ミアシャイマーなどの洗練されたリアリストは、相互依存する国際社会のシステムはルールなしでは機能せず、大国であっても頻繁にルールに違反すれば、代償を払うことになると強調しているのだ」

こうしたルールについての分かりやすい例として、ウォルトは国際民間航空機関(ICAO)をあげている。主権国家はもちろんICAOの規則を拒否する自由があるが、その場合、拒否した国への他国からの航空機乗り入れはできなくなる。同じ原則は、貿易、投資、海外旅行、絶滅危惧種の保護、通信周波数の割り当て、漁業の規制、水利権の割り当てなど、現代の国家、企業、非政府組織、宗教団体、その他有力グループはルールによって成立している。
「商品の輸出入を希望するすべての企業が、輸出入をするさいその都度個別に交渉しなければならないとすれば、あるいはすべての国が国連加盟193カ国との通貨取引を扱う個別の規則を策定しなければならないとしたら、毎回、毎日、同じプロセスと手続きを踏むことになってしまう。たとえ、たまに例外が生じるとしても、そのたびごとに新たに交渉するより、ルールを作っておくほうがはるかに楽なことだろう」

制度やルールがあれば楽ができるだけではない。国家は制度をもちいてお互いの意図を探り合う。一般的に「ルールに従う」意思のある国家は他国にとって脅威が少なく、より信頼できるパートナーと見なされる。いっぽう、既存の規範を繰り返し無視する国家は危険視され、他国から信頼を寄せてもらうことは難しくなる。この場合、たとえ完全にルールや規範に従うことができない場合でも、その姿勢が真剣であれば評価は高くなるし、逆に、真剣でない場合でもそうであるかのように振舞う国家があるのはそのためである。
とはいえ、では機関、制度、ルール、規範が生み出す秩序への信頼を無条件に高くしていけるかといえば、そうでないと考えるのがリアリストの立場である。ここには国家指導者たちが犯しがちな3つの場合があるとウォルトはいう。第1に、国際機関の能力を過大評価してしまうこと。第2が、第1とは逆に制度がもたらす利益を過少評価して、自国だけで解決しようとすること。第3に、国家が度重なる違反行為によって信用を失う「風評被害」を過少評価してしまうことで、自国に対する信頼が失われてから気がついても、もはや遅いのである。

「いまのアメリカが懸念すべきなのは、この3つのうちの2番目と3番目で、トランプおよび彼の大好きな独裁者たちの大半が陥りやすいのは、制度やルールの力を過大評価することではなく、逆に、その過小評価である。また、自分たちの信頼が違反の繰り返しで失われていることに、まるで気がつかないことだ。これらは長期的にその国を対内対外ともにダメにしていくこと繋がるわけである」
ちょっとだけ付け加えておくと、トランプのマッチョ的政治を利用して、いまの日本の対外地位向上をはかって、たとえ達成されたとしても、ほんとうに日本が実力で勝ち取ったものではないのだから、それは空しいものに終わるだろう。トランプ時代が終われば(すぐにやって来る)、世界の軽蔑の対象にこそなれ、尊敬されたり信頼を勝ち取ったりはできない。トランプがたとえ日本の地位向上に貢献することがあっても、それは日本人がいまの地位に甘んじていれば、こんなでたらめな男に翻弄される自らの現状を心から憤るきっかけになるという意味でしかない。
アメリカの行った一方的な関税の手続きが、アメリカ国内法によって違法だと裁判所に判断されたが、トランプ政権はこの判決を間違いだとして控訴した。いまのトランプ政権というのは、国内法でも許されない方法で他国との貿易を破滅的な状態に追い込んでいるというのが現実なのである。この司法的な判断は最終的にどのようになるのか、まだよくわかっていないが、こうした事態からも、少なくともいまのアメリカは自ら信頼できない国であることを、世界に大々的に知らしめていることは間違いない。それはアメリカだけにはとどまらない問題を引き起こす。次のウォルトの締めくくりの言葉をしっかりと受け止めたい。

「国家は適度に安定し、受け入れられている規範や制度がなければ機能できないため、トランプ政権のルール軽視は、他の大国がルールのあるべき姿を(アメリカに代わって)定義しなおし、他の中小国に追従するように仕向けることを許してしまう。中国とロシアは現在の世界秩序の原則を(自国に有利に)書き換えたいという願望を隠そうとせず、自らがアメリカより信頼できるとのイメージを世界に植え付けようとしている。もちろん彼らの主張は正しくないが、いまのアメリカのルール無視の姿勢は、一部の国にとってこうした主張を受け入れやすいものにしていることは間違いない」