数日前、テレビを見ていたらNHKが、「ワクチン供給でアストラゼネカと合意」とのニュースを流した。たしか、8月6日だったと思う。翌日にはもっと詳しい情報が報じられて、どうやら、以前からの懸案だった、コロナ・ワクチン開発で先行していたアストラゼネカ社との合意に取り付けたらしいと分かった。
「このワクチンについて、日本国内では8月から臨床試験を始めるとともに供給に向けた体制を整備するということで、厚生労働省によりますと開発が順調に進めば来年の1月から3月にかけて最初の供給を行えるよう体制を整備していく方針だということです。最初の3か月でまず3000万回分が供給され、最終的には合わせて1億2000万回分が供給されるということです」(NHKニュースより)
すでに、「日本には供給が遅れるって本当?;コロナ・ワクチンをめぐる地政学」で述べたように、ファイザー社との1億2000万回分(来年の1~3月)の合意がなされているので、日本は来年1~3月からのコロナ・ワクチン接種の可能性がかなり高くなったといえるだろう。
もちろん、これはファイザー社かアストラゼネカ社がいま行っている、最終段階の試験(多くの人間に接種してみる)に成功すればの話である。これまで、アストラゼネカ社が先行しているという報道があったが、その後、何社かが追いついたという話もあり、また、さらに絞られてきたという報道もあった。
ところが、そこで日本では、まだ最終段階に到達したとされていなかった、ファイザー社との合意を発表するという展開になったので驚いた。まさか、ファイザー社の成功率が低いのに、わざわざ合意するわけがないとは思ったが、もう安倍政権はレイムダッグといってもよい状態だ。簡単に信用するわけにはいかなかったが、こんどの話は「朗報」といってもよいかもしれない。
では、日本で報道されるファイザー社やアストラゼネカ社との合意というのは、世界全体で見たとき、どれほどのレベルの話なのだろうか。そこがいまひとつ明らかではない。厚労省が明確にしないだけでなく、日本の報道機関においても熱心にこの点を追求しているとは思えない。次に掲げるのは、英経済誌『ジ・エコノミスト』8月8日号が掲載している、世界のコロナ・ワクチン合意の見取り図である。
もちろん、ここには日本がアストラゼネカ社と合意できたという情報が含まれていないので、日本のファイザー社との「合意の帯」に、もうひとつ、アストラゼネカ社との合意の帯をつけて全体を見る必要がある。もちろん、他の国も新しい合意を取り付けているかもしれないので、それはご想像いただきたい。
この図版がある程度正しいとして、これまで日本の合意の帯はかなり細かったことが分かる。アストラゼネカ社の分を加えても、アメリカはともかくEUや英国と比べて、ちょっと物足りない気がする。いくつもの製薬会社と合意を取り付けておくのは、いま行われている最終段階の試験において、失敗することもありうるからだ。それが細くて1本しかないということは、供給されない危険度が高くなることを意味する。
最終段階の試験の失敗の確率は、約20%だと同誌は述べている。つまり、8割くらいは成功すると考えてよいらしい。ただし、それはこれまでのワクチン開発から割り出した確率であって、今回の場合には最先端の技術を用いているので、その確率は高くなる可能性もあるとのことだ。
この図からもうひとつ読み取れるのは、どうやら最終段階に入っている製薬会社は、6社くらいになっているということで、一時、もっとも有望とされたアメリカのモデルナ社の場合には、合意などの情報を公開していないらしい。ということは、あまり期待できないということなのか、あるいは同社が販売戦略的にやっているのかは、いまのところ明らかでない。
ちなみに、COVAXという機関がかなり合意をつけていることが分かる。これは「COVAXファシリティ」のことで、GAVI(ワクチンと予防接種のための世界同盟)という組織が立ち上げた組織である。これは新型コロナウイルスのワクチン開発に資金を提供するかわりに、その供給を保証しようというもので、WHOのホームページでは「現在75カ国が自国の公的予算から、また90の低所得国はGAVIへの寄付金によってワクチンを手当てしようとしている」という。日本政府は参加を検討中という報道もあったが、その後、何かを決めたという追加報道は今のところないようだ。
さらに気になるのは、日本とブラジルについてはワクチンへの出資がどれほどの金額なのかも不明なことで、日本についてはファイザー社との合意では非公開事項が多く、また、アストラゼネカ社との合意の報道では、金額などについてはよくわからない。接種料についても、1回分が4000円から4200円という報道があったが、これもどこまで正確なのかは分からない。
残念なのは、ここに日本の製薬会社や研究所の名前がまったくないことで、たとえば、大阪大とアンジェスが共同開発しているAG0301-COVID19は6月30日から初期段階の試験に入ったようだ。一時は、大阪府の吉村知事が「大阪ワクチン」とぶち上げていたが、同知事の話もいまや「うがい薬」のレベルになってしまった。最先端のワクチン開発技術が、そんなに簡単に手に入るわけがないのは分かるが、なんとなく無念である。
いずれにせよ、国によっては今年中にワクチン接種が行われるが、日本は早くても来年の1~3月ということであり、また、ワクチン接種が行われたからといって、それが誰も感染しないという意味でないことは心しておくべきだろう。今年の秋から予想される第2波(あるいは第3波)は、マスク、ソーシャルディスタンス、手洗いだけが個人の対抗策であることは、いまと変わりない。
付記:アメリカ政府は、8月11日、モデルナ社と開発中のコロナウイルスワクチンについて、規制当局の承認を前提として、1億回分の供給を受ける契約を結んだと発表している。
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